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■大潟村の伝説■

●三湖伝説・八郎潟

   

 十和田湖で南祖坊に敗れた八郎は、流浪の末、現在の山本郡琴丘町鹿渡の天瀬川に流れついた。そこで太郎は親切な老翁と老婆の住む家に泊めてもらったが、その夜中に恩荷(おが)島と陸をつないで大きな湖をつくることを神に祈願して、その許しを得ることができた。

 夜明けに太郎は、世話になった2人に「ニワトリが鳴く声を合図に大地震が来て大洪水となる」と知らせ、2人を立ち退かせた。ところが、老婆が忘れ物の麻糸をとりに家へ戻ったとたんに暁を告げるニワトリが鳴き、大地が鳴動して湖となった。
 洪水に流されおぼれそうになった老婆を太郎は足で蹴って対岸の八竜町芦崎へ上げたが、老翁は残ったので夫婦は別れ別れになってしまった。

 後に老婆は姥御前神社として芦崎に祀られたし、老翁は三倉鼻に夫権現宮として祀られたが、ニワトリの鳴き声を嫌って、最近まで芦崎の家々ではニワトリの飼育をしない家が多かった。

 そのころ、田沢湖には辰子竜が主となって住んでいたが、太郎と南祖坊はともに辰子竜にひとめぼれしたため、両竜は田沢湖上でふたたび激しい戦いをした。
 だが、今度は太郎が勝って南祖坊を十和田湖に追い返し、太郎と辰子は夫婦の契りを結び、冬は田沢湖で一緒に暮らすようになった。それで田沢湖は冬でも凍らないが、八郎潟は凍結するのだといわれる。

(『秋田の伝説』(角川書店)より(以下角川))

 壮大なスケールで描かれる三湖伝説の完結編。十和田湖の伝説、田沢湖の伝説と合わせて三湖伝説なのだが、ここの伝説ではいよいよ南祖坊とたつこ、八郎の三人が集結する。

 伝説の八郎潟は、まあここで言うまでもないことなのだが、大干拓工事が施され、かつての姿の名残は潟の南端、「八郎潟調整池」に少し残っているのみである。昔は琵琶湖に次ぐ湖だったそうだから、今考えるともったいなかったような気がしないでもない。八郎がかわいそうである。皮肉なことに現在では米の生産量は頭打ちとなっているし・・・。恐るべし、人間。

 さて、八郎潟周辺には、その八郎を祭ったであろう八郎(八龍)神社というのがいくつかあるようだ。
 まずは、どの地図にも載っている八郎神社(または八竜神社)が、八郎潟の南端、男鹿町八郎谷地にある。「きっとこれが現在もっとも主流の八郎神社なのだろう」と思い、そこを目指したのだが、意外とこぢんまり。探すのもちょっとてこずり気味。でも、菅江真澄が訪れたという碑も立っており、八郎に関係があることは確かである。桜もきれいだったし、まあこれはこれでいいか、というわけだった。

 次に、伝説にも出てくるお爺さんとお婆さんを祀ったという夫権現、姥御前神社である。これは、それぞれ八郎潟の東と西に離れて祀られている。夫権現は、潟の東、八郎潟町の北端、三倉鼻というところのちょっとした洞穴にあった。一緒に八郎神社の小祠もある。
 そして、姥御前神社はその正反対、八竜町の芦崎というところにあった。こちらは少し大きめで、村社としての役割もある。離れ離れになってしまった老夫婦の悲しみは、いかばかりだったろうか。

 ところで、八竜、翁、婆とくれば・・・スサノオの大蛇退治が思い起こされる。潟の南の天王町には、スサノオを祀った八坂神社というものまであるのだ。どうも八郎潟の八郎伝説の裏には、スサノオの伝説が隠れているようなのだが・・・さて?

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八竜神社は、男鹿市船越にある。字名はその名も八郎谷地。神社の裏からは八郎潟調整池を眺めることができ、かつての姿に思いを寄せることができる。

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夫権現は、南秋田郡八郎潟町真坂にある。これは少しわかりずらく、国道からちょっとだけ入ったところに洞窟があってその中に祀られている。

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姥御前神社は、山本郡八竜町芦崎にある。比較的大きな神社なので、現地で聞けばすぐにわかるだろう。


八郎潟南岸にある八竜神社。


夫殿権現神社。


八竜神社の看板。「八郎宮」とある。


姥御前神社。


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