みちのく怪道風まかせ トップページ秋田の伝説>大仙>仙北市


■仙北市の伝説■


●赤鳥居の稲荷様

 

 佐竹氏が秋田に移されたときに、伊達政宗に敗れた会津芦名氏の義勝(佐竹義重の次男)も同族として角館に入ったが、芦名家には狐にまつわる伝説があって、もと芦名の祖先である三浦介義継は、那須野にて人々を悩ませていた妖狐の白狐を射止めた功績で大名にとりたてられたという。
  が、その祟りが代々不幸をもたらしていたため、角館に移ってからも古城山中腹に稲荷神社を建立した。それが今の赤鳥居の稲荷様といわれる。

(『秋田の伝説』(角川書店)より(以下角川))

 会津芦名氏は佐竹家から養子を入れ、両者は伊達包囲網の中核として結束していた。後に芦名氏は政宗に破れ没落、佐竹氏は秋田へ転封。実質100万石と言われる仙台藩を築いた伊達家とは明暗が分かれる結果となってしまった。

 さて、角館といえば武家屋敷。駅から町の北方にある城跡へ向うと、アスファルトとコンクリートに囲まれた町並みから明らかに異質な土と木の空間が現れる。これは実際に見てみて欲しいのだが、ウワサに聞くよりも往時の雰囲気がよく残ったすばらしい空間だ。
  特に春のしだれ桜が咲き乱れるころは有名で、いつかは見てみたいものである。

 武家屋敷は前方と右手が山、左手が川に挟まれ、まさに天然の要害となっている。その前方の山の上が角館城跡だ。「一国一城令」のもと、芦名氏の時代には当然天守は存在しないのだが、この山に屋敷を構えるだけでも十分な防備となったであろう。
  赤鳥居の稲荷は、古城山を登り始めるとすぐにあって、名前のとおり真っ赤な鳥居が出迎えてくれる。崇りを成すモノを神として祀りかえって守護とするのは、まさに御霊信仰の姿である。

★ ★ ★

mapion
仙北市角館町。城山を登ると間もなく稲荷がある。


古城山の稲荷。


●姫塚

 

 牛沢停留所から少し歩くと、左手に村祖姫塚「姫者平将門之女也」と刻んだ石柱がある。

 口伝によると、平将門が天慶の乱で敗れたとき、娘の滝夜叉姫が近臣とともにこの地に落ち延びて、はじめてこの地を開いたので、村祖として祀られるようになったのだという。
  奥に姫が葬られているという高さ3メートルほどの姫塚があって、小さな石祠が建っている。
(角川)

 平家の落武者伝説というのは日本各地に伝わるものだが、これもその亜流のひとつということになるだろうか。しかし、滝夜叉姫が出てくるというのは珍しい。この旅で同行した悪路王さん(from伝奇伝説研究所)も、「まさかこんなところで滝夜叉姫に会えるとは」と驚いておられた。
 姫塚の近くには、姫が持ってきたという地蔵尊を祀る神社もある。滝夜叉姫のモデルである如像尼の伝説は、地蔵尊のご利益を説くもの。どうやらこの辺に関連がありそうである。

 ところで、おそらくこの伝説の「滝夜叉姫」は、初めはただの「平将門の娘」だったに違いない。なぜなら「滝夜叉姫」という名前は近世以降の文芸で初めて出てくる名前であり、この伝説で言う「滝夜叉姫」も、「平将門の娘なんだから滝夜叉姫だろう」ということで、後に名づけられたと考えられるからだ。

 さて、伝説の地は「たつこ姫伝説」のある田沢湖に程近い。まさかこの姫が「たつこ姫」に関係あるということはないか・・・?あったら面白いのだが。
・・・と書いた後、「姫塚」で検索をかけてみると、な、なんと、「平将門の妻である辰子姫が・・・」なんていう話が出てきた!!ホントかどうかは未確認だが、どうやら将門と辰子を結びつけた別伝があるかもしれない。これについては後々調査してみようと思う。

 

★ ★ ★

 

mapion
仙北市田沢湖生保内。このバス通りの西側に姫塚がある。ちょっとした駐車場もあるので、わかると思う。はす向いには中生保内神社もある。


姫塚。


「姫者平将門之女也」とある碑。


近くにある中生保内神社。
姫が持ってきた延命地蔵尊を祀るという。


●辰子姫

    

 昔々、まだ田沢湖が無かった頃、このあたりにたつこという娘がいた。 たつこは幼い時に父を亡くし、母と二人暮しをしていた。また、たつこは生まれながらの美人で、 性格も親切で優しく、村人の誰もがたつこをかわいがっていたのだった。

 年を重ねるにつれてたつこの美しさにはますます磨きがかかり、その噂は近隣に鳴り響いた。 ある日、たつこが小川で髪を洗っていた時、川面に写る自分の姿に思わず見とれてしまい、 「今はこのように美しい自分だが、やがて年をとってよぼよぼになってしまうだろう。 どうにかして若さを保ちたい」と思うようになった。そして、思い悩んだ挙句、神仏に願うしかない と思い立った。
 たつこは、村のうしろ院内山の大蔵神社に百日参りをすることを決心した。母が寝てしまった後、こっそり 起きだし、恐ろしい山道を毎晩毎晩通った。やがて山の景色がうっすらと白くなってきた頃、 満願の日となった。そして、その日の参詣の時、たつこに語りかける声があった。 「ここから北へ一里ばかり、清い泉が涌き出ている。雪が解けたら、その水を飲むが良い。 そうすればそなたの願いはかなうであろう。」たつこは身も振るえんばかりに喜び、雪が解けるのを ひたすらに待っていたのだった。

 やがて春が来た。たつこは近所の友人とお告げにあった北の方へ山菜をとりに出かけた。 果たしてそこには泉が涌き出ており、小川も流れていた。丁度昼時であったが、友人は 「まだ山菜をとってくる」と言って、再び山の中へ入っていった。 ふと小川を見るとそこには魚がたくさん泳いでいて、素手でもつかめるほどであった。たつこはそれを捕まえ、焚火で焼いて待っていた。
 しかし、魚が焼けるにつれてその香ばしい においに誘われ、たつこは「一匹だけなら」という気持ちで一匹食べた。しかし、なぜか次から 次へと欲しくなる。とうとう焼いた魚を全て食べてしまった。すると、今度は猛烈に咽が乾いてきた。 たつこは泉に駆け寄って水を手ですくい、飲んでいたが、どうにも乾きが収まらない。気がつけば、 腹ばいになって水をガブガブ飲んでいた。そして、ふと水面に写った自分の姿を見ると、 なんとそこには恐ろしい竜の姿が写っていた。同時に天地がひっくり返るほどの雷鳴と共に大雨が 降りだし、どどーんという轟音が響いたかと思うと今まで野原だった所が一気に陥没し、 大きな湖が出現したのだった。

 友人はたつこを探したが見つからず、里へ帰り、たつこの母に事の次第を伝えた。母は急いで その場へ行き、新しくできた湖に向かって娘の名を呼んだ。すると湖面から恐ろしい竜が姿を 現した。母は、「私が探しているのはおまえのような醜いモノではない。たつこはどこだ」 と竜に言った。すると竜は元の美しいたつこに姿を変え、彼女の身に起こった出来事を伝え、 「このような姿になって申し訳ありません。その代わり、魚が欲しくなったときには、 いつでもお届いたします」と言って、再び消えてしまったのだった。

 母は悲しみ、泣き叫んだが、どうすることもできず、一人とぼとぼと家に帰ったのだった。 それからというもの、母が「魚が欲しい」と思うと、いつの間にか家の水槽に魚が入っていた ということである。そして、この時できた湖が、今の田沢湖だという。

参考 田沢湖のパンフレット

 日本一の深さを誇る田沢湖。その深い色合いは、四季折々の美しさを見せてくれる。そして、 田沢湖のシンボルといえば、船越保武作の黄金のたつこ像。たつこ伝説は、永遠の美を望んで竜に変化してしまった少女の、ちょっぴり悲しいお話である。
  実は、三湖伝説の中でも伝説を今でもよく伝えているのはここだけ。十和田湖・八郎潟ではほとんど伝説に触れることができずちょっと寂しいが、田沢湖周辺にはたつこ関連の伝説地がいっぱいである。物語がある程度自立していて、乙女の心理劇が現代人の心にも訴えるからであろうか。休みの日ともなれば、像の前には記念撮影をする観光客でいっぱいである。

ぐるっとまわって湖の北岸へ出ると、「御座石神社」がある。ここはたつこが湖に入水したところだそうで、ここにも石のたつこ像がある。また、裏山にはたつこが鏡に使ったという鏡石もあり、伝説巡りには必須の場所である。

 再び南岸へ戻る。湖に接して院内岳がそびえ、ここの薬師峠の途中にたつこが百日祈願をした大蔵神社があり、峠を越えるとたつこの生家と墓がある。
峠を行くには徒歩しかないので、車では大きく迂回するしかない。旧田沢湖町岡崎のバス通をひたすら奥へ奥へ進み、アスファルトが途切れるどん詰まりにあるのがたつこの生家。さりげな〜くあるので注意。ここでたつこの墓を参って手を合わせる。
その奥は林道になっていて、薬師峠を登っていくことになるのだが、「大蔵神社」の看板を頼りに行けども行けども神社が見えてこない。車1台がやっとの悪路を恐る恐る車で進み、やがて「もう無理・・・」というところまで来て、断念(^^;
ただ、その林道で「たつこ観音」というものに出会うことができた。とりあえずこれでヨシとした。

最後にもうひとつ、見逃しがちなのが、秋田新幹線田沢湖駅。田沢湖からはけっこう距離があるが、中にはたつこ伝説を説明したパネルがあり、これを見てから 田沢湖に行くと、よりいっそう理解が深まることであろう。

★ ★ ★

mapion
辰子姫の像。仙北市西木町西明寺。観光スポットなのですぐにわかる。

mapion
御座石神社。仙北市西木町桧木内。湖の北岸、大きな鳥居が目印。鏡石もここにある。

mapion
辰子姫誕生地。仙北市田沢湖岡崎。南からこの道を来ると、ちょうどこのあたりで舗装が終了して林道に変わる。その舗装のどんづまりのところに民家があって、「辰子誕生之地」の看板が建っている。かなりさりげないので、よく見るべし。

mapion
上記の辰子誕生地より薬師峠の林道をひたすら登ると、このあたりに大蔵神社がある・・・はず。


金のたつこ像。


院内の「辰子姫誕生之地」。


たつこの墓。


たつこ観音。


こちらは薬師峠の「大蔵神社旧宮跡地」。


田沢湖その1。


田沢湖その2。


御座石神社のたつこ像。


御座石神社裏山の鏡石。


御座石神社の鳥居。


●大尺の岩屋

 

 抱返神社の東に小影山があって、500メートルほど登ると、大尺の岩屋とよぶ洞穴がある。100メートル入っても奥にいたることができないほど深い。
  大尺明神の生い立ちの場とも言われ、昔は帝釈坊という鬼賊が住み、民家の葬式のときに悪事を働いていたという。近くには盗んできた葬具を捨てたという棺座平がある。(角川)

mapion
仙北市田沢湖卒田。抱き返り渓谷より臨める。


小影山。



●みこ石

  

 抱返渓谷の地名の由来は、みこ石という奇岩からきているという。

 大昔のこと、どこの国からともなく1人の山伏が体の弱い巫女を連れて、白岩岳の薬師に参詣しようとこの地まで来たが、あたりを見回しても橋も舟も無いので、2人手を取り合って川を渡ると、突然大津波が起こって大洪水となった。山伏はようやく対岸に泳ぎ着いたが、巫女が危うく溺れそうになったとき、神霊が現れ、「汝驚くなかれ、われはこの地を守る明神なるぞ」と言ったとたんに、大洪水が消えて小さな流れとなり、巫女は助かった。
  巫女は神威に感謝して一念を凝って大石と化したが、急に洪水が消えた後に巫女の姿がなく、美しい大岩石があったので不思議に思っていると、岩となった巫女は事情を語った。
  山伏もこの尊い明神の神威にうたれ、巡国を思いとどまって供に大岩石に化したのがみこ石であるという。
(角川)

 仙北地方にて田沢湖・角館に次ぐ観光地がこの抱返渓谷だ。玉川の中流、山々に囲まれた風光明媚の地で、紅葉の時期はすばらしいという。
  この玉川は昔酸性が非常に強く、「玉川毒水」といって里人の悩みの種であった。玉川の最上流には玉川温泉があって、そこではこの酸性が一役買っているわけだが、もうひとつ、その酸性が川の水を美しいコバルトブルーにし、渓谷の美しさに磨きをかけていたのである。
  現在では上流のダムで酸性が中和されて下流の穀倉地帯を潤しているが、その代わり、渓谷のコバルトブルーは見られなくなってしまったという。ちょっとザンネンである。
  伝説のみこ石はその渓谷の入り口に程近く、桟橋のすぐ下流にある。

★ ★ ★

mapion
仙北市田沢湖卒田。抱き返り渓谷入り口に程近く、川の中にある。


渓谷入り口の桟橋。


みこ石。


抱返神社。義家勧請の伝説がある。


●大力を授かった宇治川

 

 むかし、神代の里に宇治川という相撲取りがいた。
  宇治川は大力であったが、さらに力がほしいと梅沢村の天正寺に行ったところ、白い着物の女が赤子を抱いて出てきた。女は宇治川を見て、この子を抱いてほしいと言うのでそうしたところ、たちまち大力になってしまった。

 そこで、力試しに庭石を抱えては田に投げ入れ、大杉をゆすっては倒してみた。
  ところが、次の朝見てみると石が庭に戻っていた。それが寺の和尚のしたことであると知った宇治川は、「上には上があるものだ」と、それからはいたずらをやめたという。

参考 『秋田の伝説』(日本標準)

「うぶめの礼物」型のお話。お寺の和尚さんがさらに上物だった・・・というオチは、ちょっと昔話っぽい。

★ ★ ★

mapion
仙北市田沢湖梅沢。


天正寺。


戻る