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■五所川原市の伝説■
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●沈鐘湖 |
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長円寺に納めるために、二つの雌雄の鐘が、京都から津軽へ送られてきた。そして、十三湊へ入り、これから岩木川を登ろうとしたそのとき、にわかに悪天候になり、暴風雨になった。船はあっという間にくつがえり、鐘は二つとも十三湖に沈んでしまった。 その後、雄鐘はようやく引き上げられ、なんとか長円寺に納めることができた。しかし、もうひとつの雌の鐘の方は、湖底に沈んだままであった。 十三湖は沈鐘湖とも呼ばれ、今でもよく晴れた日に、漁夫が水中の鐘を見かけることがあるという。しかし、人の気配がすると鐘の中からたちまち魚のようなものが現れて、たちまち泥をかきたてて見えなくなってしまうのだという。 (『青森の伝説』(角川書店)より(以下角川)) |
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| 十三湖といえば十三湊(とさみなと)。かの「東日流外三郡誌」論争の舞台のひとつなのだが、ここを訪れたときにはそのことを知らなかったので、十三湊関連の史跡は見てこなかった。ああもったいない(^^;また行こう。
さて、伝説のふたつの鐘だが、そのまま信じると、こういう事故があったということになる。まだ十三湊が使用されていたということになるから、この伝説の年代なんかも調べると面白いかもしれない。京都と交易があったことも示唆されているし。 ところで、この長円寺と十三湖は、かなり距離が離れている。かつては長円寺の鐘の音が十三湖まで届いていたということなのだろうか・・・? ★ ★ ★ |
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●川倉地蔵堂 |
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ここに灯明が降りたといって地蔵様を安置したのが始まりだという。堂の裏手に賽の河原と呼んで小石を盛り、所々に小さな地蔵様を置き後生車が立っている。 |
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| 恐山と並ぶ青森の霊場である川倉地蔵堂。境内はあまり広くはないのだが、所狭しと地蔵や風車が並び、本堂の中はさらに数え切れないほどのお地蔵様で埋め尽くされている。入るや否や、お地蔵様がまとう極彩色の着物が目に飛び込んできて、立ちすくんでしまうほどだ。 本州の果て「津軽」の地に忽然と現れるこの異空間を、是非とも体験してもらいたいものである。 ちなみにこの地蔵堂がある旧金木町といえば、もうひとつの見どころ「斜陽館」がある。別に思い入れのない人にとってはどうでもいい場所かもしれないが、伝説めぐりをすっかり忘れ、思わず長居してしまった・・・。 ★ ★ ★ |
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●唸り地蔵 |
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| 前田野目に大きな地蔵堂があった。のちに堂も壊れ地蔵様が山の上から沢へ落ちて見えなくなった。 村人がこの地蔵を山の中腹で探し当て、また山頂に祀ろうとしたが、何人かかって運ぼうとしてもビクともしない。人々はあきらめて転び地蔵とよんで信仰し、そこを地蔵沢と呼ぶようになった。 のちにこの村の炭焼きが山中に泊まっていると、沢の方からものすごいうなり声が聞こえてきた。沢に下りて行ってみると、この地蔵がウンウン唸っていた。炭焼きは恐ろしさのあまり家に逃げ帰り、それから3日も寝ついたという。 |
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| 伝説の内容を見る限り山の中に地蔵があるようだが・・・。情報求む。 | |
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●鬼の足跡 |
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| 長橋にある。ここは昔から水もたまらず、木も生えず、青草が伸びるだけの大きな足形がある。これは鬼が岩木山の頂上に腰掛けて片足をついたときにできた跡だといっている。(角川) | |
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●賽の河原 |
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| 飯詰の賽の河原というのは、近くの日影川のほとりで田畑を耕していた農夫が、夢のお告げで発見した地蔵様を祀ったところである。毎年旧暦6月24日には地蔵祭りでにぎわう。この日乳の出ない女が詣でると、乳が良く出るようになるといわれた。(角川) | |
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●尼池 |
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| 飯詰の東4キロほどのところにある。昔このあたりで鐘をたたいて一心に念ずる尼がいた。百日満願の夜、鐘の音が止んだと思うと尼の姿はなくて、今まで窪地であったところに水が溜まって池になっていた。尼が池の主になったのだといって、尼池というようになった。 ときどき池の中に数メートルもある大きなコイの姿を見かけることがあり、これが尼の化身ではないかという。日照り続きのときはこの尼池で雨乞いをするが、葬式の道具や牛馬の骨などを持ち込んで池の中に投げ込むと、池の主の怒りでたちまち大雨が降ると信じられている。(角川) |
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●葦毛沼 |
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| 神明宮の裏に底なしの沼があり、葦毛沼という。神様の乗馬である葦毛の馬が沈んだ沼だと伝えられ、恐れてこの沼に入る者がなかった。 ときに葦毛の馬が現れ、これを見て馬が驚いて走り出し、けが人がでたりした。そこでここを通るときは必ず馬から下りて通れといわれていた。(角川) |
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●十三湊 |
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鎌倉末期にはみちのくを代表する港として栄え、上方や蝦夷地からの商船が活発に航行していたという。それが南北朝時代の興国元年(1340)、白髭水という未曾有の大洪水があり、繁華な港町や寺院など、大津波でことごとく壊滅してしまったという。 |
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| はたしてその存在は伝説なのか歴史なのか、両者の間をユラユラと揺れていて、いまいち実体がつかめない十三湊。そのミステリーなところがまた魅力的だ。 現在の十三湖の湖畔に立ってみても、かつての栄華などどこへやら。潮の香りがほんの少し混じったゆるやかな風がほほを伝うだけであった。 |
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