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■外ヶ浜町の伝説■

●桂渕

 

 むかし、桂渕には島があり、一本のカツラの木が立っていた。この大木は沼の主の化身だと言われていたが、ある時、4人の山子(木こり)がこの木を切ってしまった。すると、幹から血を流して大蛇の姿に変わり、沼の底深く沈んでしまった。

 たちまち沼の水は波立ち、血の色に染まった。そして、大蛇はとうとう浮き上がらなかった。そして、木を切った山子は次々と病気になって死んでしまったという。

 そこで村人は大蛇の祟りを恐れ、お堂を建て祭ったのが今の桂渕神社である。毎年旧暦4月19日に、この沼で村人はその年の稲作の豊凶を占う。

(『青森の伝説』(角川書店)より(以下角川))

 木が大蛇に変わるのはいいとして、「4人の木こり」ってのがどうもひっかかる伝説。なんなんだろう。今思いつくものといえば「4」=「死」ぐらいだろうか。

 神社は道沿いにぽつんと立っており、社殿は鉄板とコンクリートの建物で守られていた。そして、すぐそばに淵がある。今でも深い色で不気味さを漂わせており、なかなか良い。今でも占いの儀式は行われているのだろうか?

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東津軽郡外ヶ浜町字蟹田中師桂沢。青森から国道280号を北へ走り、旧蟹田町市街から西へまがってまもなく、北側に神社がある。渕もすぐ裏手にある。


桂渕神社。


桂渕。


●厩石

 

 平泉を逃れた義経主従は、ついに三厩の浦にたどり着いた。
 かなたに見える蝦夷地に渡ろうとしたが、順風が吹かず数日滞在した。そこで大切にしている守り本尊の観音像を岩の上に安置し、3日3晩ひたすら渡海を祈ったところ、不思議に風が変わり無事に蝦夷地へ渡ることができた。
 
このとき、白髪の翁があらわれて3頭の龍馬を与えた。義経主従はこれに乗って海峡を渡ったという。

 今海岸に厩石といって大きな岩があり、3箇所に洞門がある。ここを厩のようにして3頭の龍馬をつないだといい、これからこの地を三厩と呼ぶようになったという。(角川)

 三厩といえば厩石。厩石といえば義経伝説。道端に忽然とあらわれるその奇岩には、伝説を知らなくても興味をそそられる。

 義経はここから北海道へわたり、最後にはジンギスカンになるというのがみんなの大好きな北行伝説なのであるが、北海道内の義経伝説は近世にアイヌ取り込み政策の一環として「作られた」物語であり、ジンギスカン説も近代になって語られだした話。
 僕はこれを良くできた「歴史推理ロマン」だと思っているのだが(たとえばポール死亡説みたいな。たとえになってないか?)、本州の義経伝説は少し事情が違うと思う。少なくとも政治的作為やミステリー好きの嗜好によって語り始められた話ではない。では、この本州北端である三厩の伝説はいつごろから語り始められたのだろうか。義経伝説は奥が深い。

 なにはともあれ、合併によって名前を消してしまった三厩村ではあるが、今年(平成17年)は大河ドラマの影響で、この地もさぞや盛り上がっているに違いない。

 

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東津軽郡外ヶ浜町字三厩本町。海岸沿いを走っていればすぐ見つかる。裏手の高台にはこれまた義経にゆかりのある義経寺もある。


穴の開いた厩石。


側には「源義経渡海之地」が。


●兜岩

 
 中浜の沖にある。義経が風波の静まるよう竜神に祈り、着けていた兜を海中に投げ入れたところ、たちまち風も止み波も収まったというが、そのときの兜が岩になったのだという。(角川)

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