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■深浦町の伝説■
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●アブラコの沢 |
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| 追入瀬川上流、松原部落の奥にアブラコの沢というのがある。この沢にある岩の上で、松原の観音様がアブラコ(魚の名)をとったからだという。その岩の上に観音様の足跡と釣竿の跡がのこっているという。
また、この岩の上には女が上がられないことになっているが、この禁を犯した2人の女が、投げられたとも、気が狂って帰ったともいわれる。 (『青森の伝説』(角川書店)より(以下角川)) |
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●竜灯の杉 |
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円覚寺の境内に、樹齢1100年あまりといわれる老杉が立っている。 |
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深浦町でも信仰の厚い円覚寺は、田村麻呂創建と伝わる古刹である。山門をくぐるとすぐに、見上げると首がいたくなるほど高くそびえたつ「竜灯の杉」が目に入る。この杉に竜灯がともれば、それは遠く海上まで光が見えたことだろう。 ★ ★ ★ |
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●丹後日和 |
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| 昔から津軽の海がにわかに大荒れすることがあると、丹後の船が津軽の浜に入っているからだといって、深浦をはじめ港の役人が問屋を調べて船改めをした。そして丹後の船か、丹後生まれの船頭がいるとすぐ国外に追放する定めであった。丹後の船がいなくなると、たちまち天候が回復したという。これを丹後日和といった。
その由来は、岩木山の神として祭られる安寿姫が、かつて丹後の人買い船にさらわれ、由良の港の三荘太夫の召使となり、難儀な目にあった。そのうらみで丹後の者の入国を嫌うのだと信じられた。 天候不順が続くと、津軽藩から丹後の国の者が領内に入りこんでおらぬか、そのようなものが見当たったら、早速送り返すようにとの布令が出され、港見分の役人が詮索に回った。そして船頭たちから、丹後のものではないという誓紙までとるという騒ぎであった。この取締りは、明治になっても行われた。(角川) |
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●ほいほい岩 |
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| 岩崎の濁川の山手に、ほいほい岩というのがある。通りかかった旅人が、この岩に向かってホイと呼びかけると、ホイと反響を返すのでこの名がついたのである。(角川) | |
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●モドメ女の岩 |
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| 松神に岩が3つ並んでいるところがある。真ん中の首のないのが男岩で、その左の岩は本妻、右は後妻(モドメおなご)の岩というように村人は呼んでいる。
男女3人では丸くおさまるはずもなく、まず本妻が嫉妬して夫の首を切ったのだといい、200メートルほど先の濁川の岸壁にある岩がその首だという。
またモドメ女の岩というのは、いかにも優しく子供を抱いたような形の岩である。 |
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●白神山 |
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| 秋田県境の白神山は、西浜一帯の村人の信仰を集める山だが、この山は弘前の西にそびえる岩木山と姉妹であるという。 妹の方が女ぶりが良かったので岩木山に登り、姉が白神山の神になった。もともとこちらが姉なのだからと言って、岩崎村の村人は岩木山を下の神さまとよんでいるのである。(角川) |
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●夜泣き石 |
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| 大間越から南に進むと入良川であるが、この海岸に夜泣き石があった。夜にこのさびしい浜辺を通る旅人が、この石のあたりまで来ると、闇の中から聞こえる泣き声を耳にしたという。(角川) | |