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■弘前市の伝説■

●アグド石

 

 鬼沢の奥、十面沢の西方巌鬼山神社は、岩木山神社発祥地といわれ、大同2年(807年)に坂上田村麻呂が創建したと伝える古い神社である。境内にアグド石というのがあり、岩木山に住む鬼がここに来て休んだときの足形だというのがついている。

(『青森の伝説』(角川書店)より(以下角川))

 岩木山信仰のメッカといえば、現在は南山裾にある岩木山神社であるが、そもそもこちらの方が本家本元なのだという。田村麻呂創建という由緒正しい古社である。そんな巌鬼山神社の前の道は未舗装部分があって、たどり着くのにちょっと苦労した。

 アグドというのは方言でかかとのことを指す。鬼がかかとをついたからアグド石というわけだ。ただ、鬼でアグドというとどうしても連想されてしまうのが「アクロ王」。さらに湿地帯としての意味を持つ地名アクトとの関連も気になるところである。

 さて、神社の駐車場に停まっていたトラックのおんちゃんに神職のご自宅を聞き、行ってみたのだが、あいにくの留守の様子・・・。境内をあちこち見回しても見つからず、今回は断念ということになった。その後の情報では、どうやら近くの林の中にあるらしい。そのうちまた行きます。

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弘前市十腰内。このマピオンの地図には載っていないが、マップルなどには載っている。


巌鬼山神社。


●赤倉の大人

 

 岩木山を弘前から望むと、山の字形に3つの頂が並んで見える。右の頂の岩鬼山に赤倉沢があり、ここに鬼神が隠れ住むという。これを赤倉の大人とか、山の爺(おっこ)とよんで、山仕事をする者たちは恐れ敬っている。
 大人の身長は見上げるほど高く、痩せ黒ずんだその姿を見ただけで恐怖のあまり病気になる者もある。しかしこれと馴れ親しんで酒魚など与えると、その返礼として山の木を根こそぎにしてくれたり、マダの樹皮をはいで馬2、3頭に積むほどの量をかかえて持ってきてくれたりするともいわれる。

 鬼沢の鬼神社には大人の着た蓑と笠、農耕に使った大きな鍬を祭るという農神信仰の宮で、農具の額が奉納されている。 (角川)

 鬼神のひそむ赤倉は、岩木山の霊地である。ただ、赤倉の大人は鬼とはいっても、山神・農耕神としての性格が強い。それは、鬼沢の鬼神社を訪れてみればすぐにわかるのである。

 鬼沢の家々間の細い路地を入ると、鬼神社の鳥居が見えてくる。太い独特の注連縄が張られているのが印象的だ。そして、その鳥居をくぐってから、左に180度ターンすると社殿があらわれる。なんとも変わったつくりの境内だ。岩木山を背に鳥居をくぐり、ぐるっと回って岩木山に向かって参拝する、という感じだろうか。
 その社殿に掛けられた額には、鎌や鍬など、古びた農具が祀られ、
中にはどう使うのか、見たこともないようなものも混じっている。「鬼神社」という名称からは想像もできないのどかな(?)神様だ。

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弘前市鬼沢。県道の信号から入っていくとよかったハズ。奥ばっていて見つけずらいので注意。


鬼神社鳥居。


鬼神社。額があるのがわかるだろうか。


●めくら清水

 
 弘前の西南、中野部落の田んぼの中に、坂上田村麻呂の霊を祀ったという塚があり、その下から冷たい清水が沸いていた。

 昔、村人がその塚のそばに茂っている杉の木が作物の妨げになるといって切り倒そうとした。すると急にめまいがして、その場で目が見えなくなってしまった。これはきっと神霊の祟りであろうと思い、木を切ることをやめこの清水で目を洗ったところ、不思議にももとどおりに回復した。
 それからこの清水をめくら清水と呼んで、眼病の人はこの清水で洗うとよく効くと言い伝えるようになった。(角川)


●身代わり地蔵

 
 新町の誓願寺の境内にある竜泉寺に、身代わり地蔵を祀っている。その由来は、昔近くの紺屋町に住む敦賀屋某がある年の水不足で、田に引く水のことでけんかになり、相手の農夫に鍬で激しく打ち倒された。
 てっきり死んだと思ったところ、やがて敦賀屋が気づいてみるとどこにもけががない。我が家に帰って日ごろ信心する地蔵様のおかげだとお堂に灯明をあげてみると、地蔵様は台座から転げ落ち、首の辺りに鍬の跡と思われる打ち傷があった。
 さてはわが身代わりになって危機を救ってくださったと、感謝のあまりこれは家に祀るべき尊像ではないとして、この寺に寄進したのであった。今でも毎年6月23日に夜宮があり、参詣の人でにぎわっている。(角川)

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