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波立海岸の伝説  
 

■鰐ヶ淵のワニザメ

 むかし、波立海岸の近くに、お坊さんとその娘が住んでいた。お坊さんはたった一人の娘を、それはそれは大事に育てていた。

 ある日、娘が海岸の波打ち際で貝などをとって遊んでいると、海の中から突然ワニザメがあらわれ、その大きな口でパクリと飲み込んでしまった。あまりに突然の出来事に、偶然居合わせた村人は血相を変え、お坊さんのもとへと走った。

 驚いたお坊さんはすぐさま駆けつけたが、既に娘の姿はどこにもなく、3、4日ひたすら探し続けて、とうとう岩の間に娘の着ていた着物の切れ端を見つけたのだった。

 お坊さんはとても悲しみ、その怒りも尋常ではない。それから幾日かして、海面を悠々と泳ぐワニザメを発見したやいなや寺に飛び帰り、毒を塗った弓矢を用意した。そして、渾身の力で一矢を放つと、毒矢は見事にワニザメに命中したのだった。

 ワニザメはもだえながら海中に沈み、たちまち海面は朱に染まった。大風が吹き荒れ、大波が荒れ狂う。弁天島に打ち寄せた波は水しぶきとなり、島全体を覆い尽くすほどであった。

 娘の仇はとったとはいえ、その命が戻ってくるはずもない。お坊さんは娘の供養のためと、修行の旅へと出かけた。

 ある日、お坊さんは房州において、ある宿屋に泊まった。明くる朝、洗面所へ行くと、ふと、台の上に飾ってある怪しい動物の骨らしきものに気がついた。宿屋の主人に尋ねてみると、
「これはワニザメの骨です。去年、房州の海岸に流れ着いたものなんですが、矢がささっていました。そして、その矢には『岩城波立寺』と書いてありました」と答えた。

 お坊さんは驚き、事のいきさつを主人に話した。話しているうちにだんだんと恨みがつのってついに爆発し、とうとう
「憎らしい、このワニザメめッ!!」と、勢いよく足を蹴上げた。

 しかし、誤ってそばの柱に足をぶつけてしまい、自分の足を傷つけてしまったのだった。お坊さんは、このときのケガがもとで、間もなく死んでしまったのだという。また、このことがあってから、波立海岸にはワニザメはいなくなり、「鰐ヶ淵」の名が残っているだけである。

参考 『赤いイノシシ・いわきの伝説50選』(鴨志田義康・H6)

■採ると祟る砂利

 波立海岸一帯は海底から押し上げられた砂利で埋まっている。

 近くの波立寺を詣でる人の中にこの砂利に惹かれる人がいて、何人となく家に持ち帰った。ところがその砂利は、いつの間にかこの海岸に帰ってくるのだった。

 浪江の某が庭に敷き詰めようとこの砂利を荷馬車で運んだが、突然重たい眼病にかかり、占ってもらったところ「薬師の浜の砂利の祟りである」と告げられ、あわてて元に返したところ眼病はたちまち治ったのだという。

参考 『写真で綴るいわきの伝説』(草野日出雄・S52)

   
 

 久之浜の波立海岸に伝わる2話。ちなみに波立寺は「はりゅうじ」と読み、波立海岸は「はったちかいがん」と読む。波立薬師はいわき三薬師に数えられ、徳一大師の開基である。この波立海岸一帯が、霊験あらたかな地であるということなのであろう。

 海に浮かぶ弁天島には橋が伸びており、渡ることができるが、その島にはひっきりなしに激しい波が打ちつけ、迫力満点である。さらに風の強い日などは橋の上にも容赦なく波がうちよせ、渡ることすら困難。その荒っぽさが逆に神々しさをかもしだし、昔から人を惹きつけてきたのだと思われる。

 すぐ側の国道6号を大型トラックが激しく行き交うのには少し閉口だが、ともかく、風光明媚で一見の価値あり。オススメである。

 


海岸と弁天島。


まわりには奇岩がつらなる。


海岸には、こんな立看板が・・・。



弁天島に打ち寄せる波しぶき。


波立薬師のお堂。


これが採ると祟るという砂利である。


   
  mapion
いわき市久之浜町田之綱。波立海水浴場のところなので、すぐわかる。ただし、国道は交通量が多いうえトンネルの出入り口のすぐそばなので非常に危険。また、弁天島には常に波が激しく打ちつけられ、はっきり言って危ない。天候の悪い日など、無理はしないように。

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