むかし、山田町小山田字大谷の地に、機織の上手な娘がいた。あるときこの娘は川の近くで花を摘んだあと、清流で体を清めていた。すると突然、娘の姿はかき消すように消え失せ、その後2度とその姿を見た者はいなかった。しかし、村人がこの淵の近くを通ると、かすかに水の中からトンカラリと機織る音が聞こえたという。
数年後、村の若者が薪をとりに山へ入って、あやまって鉈をこの淵に落としてしまった。水は澄んでいて、すぐそこに鉈が見えるので、若者は足を伸ばしてとろうとしたが、なかなか届かない。そこで最後には淵へと潜っていったのだが、再び浮かび上がることはなかった。
家族や親戚は、若者が死んだものと思って香華を手向けたが、3年後のこと、突如この若者が1里ほど離れた井戸の中で助けを求めているのを発見され、無事村へと戻ってきた。ちょうど7月7日の星祭りの日であった。
若者は堅く口を閉ざし、この3年間のことをひと言も語ろうとはしなかったが、村人がやいのやいのとせめるので、とうとう口を開かせてしまった。その話によると、川底にはそれはそれは立派な御殿があり、美しい姫が住んでいた。あの機織の上手な娘が、消えた当時の姿でいたのである。そして若者は手厚くもてなされ、別れ際に、ここで見たことを決して人にもらしてはいけないと言われたのだという。語り終わると若者はたちまち息絶えてしまった。
村人は大変驚き、それ以来星祭りの夜には蜀黍(もろこし)で機を織り、この淵へ投げ入れお祭りするようになった。
また、この姫をひと目見たいと思った人が笹を入れて水をかき回すと、白い大蛇が現れて一天にわかに掻き曇り、大雷雨となった。それからは日照りが続くと、この淵へ石などを入れて雨乞いをするようになった。
好景気が去って炭鉱が中止となったとき、本線のレールをたくさんこの淵に埋めた。するとその後は不思議なことはなくなってしまった。それは、レールの下敷きとなって淵の主が死んだからであろうと言われている。
参考 『なこその民話』(S50)