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玄翁 
 

 金毛九尾の狐は那須野にて退治されたが殺生石と化し、未だ害を及ぼしていた。それを聞いた玄翁和尚は、那須へ出向き、 石に「三帰三聚」の戒を授けた上で七言の喝を唱え、手にしたアカザの杖で一喝打つと、石はたちまち三つに割れて 飛散し、その害はなくなったという。

 その砕けた破片が、猪苗代町土田へ飛んできた。玄翁和尚は、後難があるといけないからと、わざわざこの地にやってきて、 その石をさらに割った。それが現在「玄翁石」と呼ばれる石で、そのとき和尚があまりにもふんばったためできた足跡が、 未だ残っている。

参考『会津の歴史伝説』(歴史春秋社)、『日本怪奇幻想紀行』(同朋社)

   
 

 殺生石と言えば那須野であるが、実はその破片が日本中にちらばったという伝承がある。この玄翁石も、そんな中のひとつである。
『日本怪奇幻想紀行(同朋社)』を頼りに、こ狭い林道の中をウロウロと探すこと2、30分、畑作業をしていたおばあちゃんに訪ねてようやく見つけ出すことができた。その石の、でかいことでかいこと。 高さは3メートルくらいはあり、真中でパックリとわれていた。これが玄翁和尚の割った跡ということなのだろう。また、その際に和尚がふんばった足跡も残っていた。
それにしてもこの巨大さ、きちんと整備して宣伝すれば、それなりの観光名所になるのではないか? (最も、昔は案内の看板があったそうだが・・・。)まあ、この人の手のかかっていない自然のままの姿ってのが、また良いのだが。
なお、この辺り一帯には、これほどまではいかないにしろ巨大な石がごろごろしており、きっと磐梯山の噴火による物なのではないかと推測された。

 最新情報。05年秋に県道を走っていてフトこの玄翁石のある林を見てみたら、なんときれいさっぱり木が切られ、野原になっているではないか!玄翁石はすっかりその姿をあらわにし、県道からもバッチリ見え、ちょっとはずかしそう。ここに建物を建てるためか、それとも玄翁石をアピールするためか、どういう意図なのかは今のところ不明だが、とにかく玄翁石の無事を祈るのみであります・・・。(2006.03.25)

 

玄翁石。

   
  mapion
猪苗代町磐根。古峰神社をとりあえずの目印に行き、細いダート道へ入る。わからないときはすぐ地元の人に聞いた方が良い。
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