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三把すげ
 

 壷下浜から南ヘ1キロタートル、山潟の五万堂山の大崎の鼻から西ヘ1キロメートル程の所で交差する沖合いが猪苗代湖では一番深く、人々は「三波(把)菅げ」と呼んで、昔から恐れられてきた所である。
 三波菅げというのは、たった三波で舟が沈められてしまうという意を三把菅げの深い深い難所に懸けた名前であろう。

■三把すげの由来

 小平潟の東南方上戸浜に近い湖中に深水がある。そこは三把すげと言われている。

 近くの人が魚とりに舟を漕いで出かけたら、湖は静かで舟はすいすいと快く走っていった。ところが、どうしてか深水の所で舟がピタリと止まった。どうしたものかといろいろ凋べても、いっこうに動かずそこから離れようとしない。

 すると不思議にも水の中から話声が聞えてくる。じっと耳を傾けると「なんぼあせったとて舟は走れない。ここは深いので通るな」という。「どれほど深いのだ」と聞くと水中より「いくら深いか探って見ろ」と答えた。
それから漁人は舟を戻して、菅を三束持ってその場に漕ぎつけ、菅を一本ずつつなぎ、先におもりをつけて湖中に下げていったが、三束の菅をみんなつないで垂れても、まだまだ底まで届きそうもない。
こんなに深い水底から話声が聞えるということは竜宮城でもあるだろうと神秘的な恐ろしさを感じて、それから後は決してそこを通らなかった。そしてその深い竜宮城の湖面を「三把すげ」と呼ふようになったのだという。

■舟子どもの言い伝え

 舟子どもの間に語り継がれていることには、三把菅げの湖中の東壁は大きな断崖となっていて、その深さは大崎の鼻の高さぐらいある。しかも深い水中で見ることはできないが、断層の下部が東の方へ入り込んでへこんでいるのだという。
そのため急に西風が吹き出すと西から波立ってきて、三波菅げの断層の所で波も水も深い底の方へ引っ張られてしまって、東岸へは波が渡らず三波菅げで上下に水が渦まき、小舟やボートなどはその渦潮に巻き込まれて転覆するのだという。
それでここで水中に投げ出されたり、この沖合いまで岸から泳ぎ出たりすると、風の立ち具合では溺死する危険が多分にある。渦に巻かれて湖底に沈むと、深い谷いっぱい泥がフワフワしていて、その泥中に呑み込まれ、永劫に浮ふことはできないから、昔から三波菅げの仏は死骸が上からないと恐れられている。

 今でも、壷下港(志田浜)や山潟港(上戸浜)の磯から、泳ぎ達者が三波菅げまで遠泳すると、たまたま魔風に誘われ人身御供になることかある。

■蒸気船が転覆しそうになった話

 西の戸ノロの方から来ても、湖南の方から来ても、この三波菅げを避けて壷下や山潟港に入ることはできない。風が強いときは余程たくみに風波を切らないと難破する危険がある。
猪電会社で造船した60トンもある新式の汽船でさえ、秋山港から米を積んで三波菅げにかかったとき、突風を食らい大揺れに揺れて、甲坂上の米つぶが一瞬のうちに湖面に放り出され、竜神に御貢を納めたことがある。常識では考えられないようなこんな事故かたびたびあり、その頃の船員でまだ生きている人もいる。

 和船で航行した頃は、朝の船出前に金比羅様に湖上安全を祈願し、三波菅げを通過するときは、敬けんな心で神様を拝んで通ったものだ。「今の若者は信心かないから神様か怒って、大きな蒸気だって容捨はしないぞと見せしめに神が刑罰を下だしたのだ」と舟方の長老は歎き悲しんだという。

■猪苗代湖の主

 あるとき、瀬戸内海から来た会津丸の機関長がここを航行中、鏡のような水面に大きな亀が浮いているのを発見し、驚いて船長室に駆け上ぼって報告したが、船長が見たときはすでに大亀の姿は無かった。それから機関長は急に健康を害し突然死んでしまったが、亀を見なかった船長には何事もなかったという。
また向い浦の方でも大亀を見て急死した人が何人もあったというので、湖水の主は大亀だとも伝わっている。

 あるとき、鏡のような水面ににわかに西の方から風が吹いてきて、新川崎(長瀬川河口)より除々に三波菅げまで波が起り、その波に乗って竜が首を立てて泳いできて、三波菅げで水中に潜ってしまったという。
またあるときは東風が起って五万堂大崎の鼻から湧き出した波に乗って竜が泳ぎ出で三波菅げで水中に消えた。そしてここから西の方は波も立たず鏡のようであった。

 湖の護り神 は竜神で、三波菅げの深い水底の奥まった所に竜宮があるという。

■小平潟沖

 小平潟天神さまの沖合にも深いところがある。その深水の北辺一帯東西に長く、昔の大木の梢が立ったまま水中に林立していて渇水のとき、鏡のように水が澄んだ日に舟で通ると今もよく見えるといわれている。

 小平潟浜佐藤家の三代前の主人が、舟で魚とりに出かけた。行くときは何事もなくその湖林の魚が沢山棲んでいる所へ行けたが、さて帰ろうとしたら舟が吸いつけられたかちっとも動かない。
すると、湖の中から「かきならす灰は磯辺の塩ににて」と何回も唱える。天神さまの歌合わせに出ている佐藤さん故、さあ下の句を付けなければならないと何回も上の句を唱えてみたが下の句か浮んでこない。
しばし冥想するうちに浮かび上った「すまでのむこそにごり酒かな」。そして高々と唱和すると、不思議なことに大漁の舟はするすると動き出し、独りでに岸に向かい無事帰ることかできたという。

参考 『猪苗代町史』

   
 

 猪苗代湖に伝わる魔所。上記の内容からもわかるとおり、様々に言い伝えられているようだ。三把菅海中の地形など、科学的根拠のウワサなどが語られているのもおもしろい。「バミューダ海域」なんかとも通じるところがあり、現代でも通用しそうな要素を含んでいるのだが、そのような都市伝説は聞いたことがないし、ネットで検索をかけてみてもヒットしない。ちょっと残念。

 おだやかな猪苗代湖に浮かぶスワンボートをながめていているとそんな魔所のことなどまるで考えも及ばないが、たとえ湖とはいえども舟人たちにとってはいつやってくるか知れない死と隣り合わせの稼業であったろう。実際に三把菅あたりの潮流がどうなっているのか、もしかしたら科学的根拠がやはりあるのか。とにかく、この伝説の根底には湖という自然への畏怖心があるのは間違いない。 (2006.03.28)

 

志田浜より臨む夕日。
この沖合に三把菅があるという。



同じく、志田浜から見る磐梯山。


   
  mapion
猪苗代湖。だいたいこのあたりになるだろうか。

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