昔、岩館の城主関三河、久しく子供が無いので、麓山神社に祈願 を込めて身ごもることか出来た。
しかし生み月になっても中々生まれず、そのうちに妻女は苦しみ始め、七日七晩夜の分ちない苦しみ に、藁にもすがる思いで優婆夷の神に訴えるともなく祈り続けていると、夢幻の中に白髪の老媼が現れ、呪文を唱えながら産婦の腹をなでると、たちどころに苦しみは消えて、たやすく男の子を生みおと
した。
すると、老媼はすうっと霧・霞のように消え失せてしまった。
妻女は、有難や神の助けと喜んで、夢うつつの中に見た老媼の姿を描いてもらい、寝室に祭って朝夕の膳を供え、感謝と信仰を怠りなく勤め続けていた。
それを聞き伝えてお参りの人が多くなったため、山上に御祭りしてみんなの参詣の便を図ったのである。
生まれた男児は成人して重郷と名乗り、三河守となって父の跡を継いだ。非常に信仰の厚い人で、山の上では不便も多かろうと、多留良の清水の傍らに堂宇を建立して、ご尊像をを石で刻み、一般衆生の参詣し易くしたのが、今の関脇の御姥様の始まりと伝えている。
参考 『猪苗代町史』