■妙見山と明神山
妙見山は、むかし男神山という。古老の言によれば、天正年間小川の妙見岳より飛星があって、この山に落ちた。増見讃岐という者、これを見て山に登ったところ、小仏があった。よって妙見をここに安置した。讃岐は不動院と改号し、別当となり、以後鎮守となった。慶長三年本堂を建立してから、妙見山と呼ぶようになった。
大明神は何の神を祀ったのか由来不詳の社があったので、これが山の名となった。しかし、別の名を女神山と言った。天正のころこの神が宇都宮へ飛び移ったため、今は社跡だけが残っているという。
■松本の大天狗
昔、松本の地は、どんな穀物を作っても収穫が見込めず困り果て、そんな里に見切りをつけて他国へ移り住む者さえ出るようになった。困り果てた里人は思案の末、妙見山に祈願することになった。来る日も来る日も村人は祈り続けた。
そんなある日のこと、西の空が一天にわかにかきくもり、墨でも流したような恐ろしい空模様になった。どこからともなく生暖かい風が吹いてきたかと思うと、天を突くような大天狗が現れ、妙見山と明神山にまたがり、体をブルンブルンと震わせたかと思うと、いきなり脱糞を始めた。石で尻をぬぐい、その石を沖内の大山に、もうひとつを大信村下小屋へ投げた。里人は驚き、ただ大天狗の仕種をあれよあれよと見守るばかりであった。
そして月日は流れ、脱糞のおかげで藩政時代には松本米・下小屋米など白河藩に納める年貢米が良質美味で名高かった。今では松本・白子・沖内と肥沃な耕作地が広がり、豊かな実りの地となっている。また、沖内の大山の一ツ石も、松本の方を懐かしげに眺めている。
※『天栄村の民話と伝説』では、大天狗ではなく大徳坊という大坊主の仕業とする。
参考 『天栄村史』『天栄村の民話と伝説』