どっぷりと日が暮れたころ、明かりを灯して館主の邸を訪れた1人の娘がいた。「わたしは京の公家の娘ですが、道に迷ってしまいました。どうか今夜宿をお願いいたします」と言う。館主は快く泊めたが、娘は1晩たっても帰るふうもなく、そのまま幾日が過ぎた。
邸の人たちが「あの娘は帰るふうもねえから、嫁に世話しべいでねえか」という話でもちきりとなり、誰かが仲に入って館主の耳に入れた。館主は「よかろう」との返事で、娘も「おてくれるなら」ということで、めでたく縁談がまとまり、娘はこの邸の嫁さまとなった。
何年か過ぎ、2人の男の子が生まれた。兄を天童、弟は公子といった。館主の家は幸福な日々を送っていた。
ある年の5月、館主の家でも田植えの準備が進み、苗取りをしていた。ところが天童と公子が発疹にかかり、寝ずに看病をしていた嫁さまはつい居眠りを始めた。そのうちに深い眠りとなった嫁さまは本性があらわれ、狐の尻尾が出てしまった。尻尾を見られては、もういることはできない。
真夜中を過ぎたころ、邸の者が小用に起きたところが、館主の田んぼが昼のように明るい。これはただごとではないと静かに皆を起こした。遠見をしていると、女が5・6人、あげ手拭をして、
♪天童公子の父が田に よかれ あしかれ よかるべし
と唄いながら田植えをしているのであった。やがて田植えが終わったと思うと、親狐らしいのが泣きながら稲荷神社の石段を登っていった。
夜が明け田んぼに行ってみると、宵に取った苗は全部植えてあり、足りないところに松の小枝を差してあった。邸の人たちは、これは人間の仕業ではないからと手をつけずにおいたところ、松の小枝もいつしか稲に変わり、秋には立派に穂が出た。
それから古く柏の里と呼ばれていたこの地を狐田と呼ぶようになった。屋敷内に三白狐稲荷があり、秋には甘酒を上げてお祭りをしている。
参考 『三春町史』