(1)鮫ヶ池の鮫
鮫川村渡瀬福原集落の東南1キロ、塙町一本木に堺して平らな湿地で古池らしいところがある。伝説として鮫川の発源といわれるところで、この地一体を指して鮫ヶ池と里人が呼んでいる。
伝えて、太古大きな鮫がこの池の中に棲んでいたとして、この名が出た。今はこの池は自然に埋まって水もなく、ただ、池の跡を残すのみである。
大昔のある年のこと、大雨が降って大洪水となり、鮫が水に乗って海へと下っていった。それから鮫川の河畔は数年の間生臭く、川の中には魚が百年も棲まなかったのだという。
参考 『鮫川村史』
(2)鮫の川昇り
水源地が、東野の奥にあるんですがね、そこに鮫池って言う池があって、年に一度、大きな鮫が柿落としにそこへ登って来るんで。そして一ヶ月くらい居て、そこから、堤を切って、大水に乗って、今の(いわき市)植田だねぇ。あすこに帰ったん。
(名前は、)松川様だ。んで、入梅時期ですから、五月ころでしょう、上がってくるとすれば。
通った後は一ヶ月くらい、その辺の空気が生臭かったって言うんだなぁ。来るのが、その、いつとはなしに、空気が生臭くなってくるので、皆、その、姿を見っと目がつぶれるとかなんか言って、外へ出なかったらしいんだわなぁ。
参考 『東白川のざっと昔』(ざっと昔を聞く会・ふるさと企画・1986)
(3)化身した鮫
昔々、この地に、「中野」という長者が住んでおり、老夫婦で、何ひとつ不自由なく暮しておりましたが、ただひとつ、二人には子供がおりませんでした。長者夫婦は、なんとかして子供を授かろうと、氏神様に一生懸命祈願をしました。すると、その心が通じたのか、やがて美しい女の子が生まれました。
娘は紀美(きみ)と名づけられ、それはそれは大切に育てられ、16になったその美しさはひととおりではなく、国中に評判が広まるほどでした。
ところがまもなく、紀美の様子がおかしくなったと噂がたちました。事実、月日が経つにつれて紀美はふさぎがちになり、人目を避けるようになりました。老夫婦は、何か病気にでもかかったかと心配しましたが、容態はますます悪くなり、ついに床についたまま、死を待つありさまになってしまいました。
ある日、娘は枕もとに長者夫婦を呼び、「渡瀬の奥にある池が見たい」と言い出しました。夫婦は、娘たっての願いと、すぐさま仕度をすませ、供を使って娘を池へと連れて行かせました。娘は、ひょろひょろと立ち上がると、池をじっと見つめ、またもの思いにふけるのでした。そして、何を思ったのか、いきなり身をおどらせて、ざんぶと池の中に飛び込んでしまったのです。しばらくの間、水中からは不気味なうなり声が響き、供の者達は、あまりのことにあっけにとられ、しばらく立ち尽くすのみでした。
しばらくすると、再び水面に波紋が起こり、そこに目もくらむばかりの黄金の鮫が浮かび上がりました。鮫は、「皆様、よくお聞きください。私はもとよりこの池の主でしたが、なんとなく浮世に出てみたくなり、化身して中野の娘になりました。けれども、どうしてもこの池に帰らなければならぬ身です。どうもお世話になりました。このご恩は、決して忘れません。中野の父母にも、どうぞこのことをお伝えください。」と、両目に涙を浮かべて言い終わると、すぐに再び池の中へ消えていきました。
供の者達は、村へ飛んで帰り、長者夫婦に事の次第を伝えました。夫婦ははじめ、あまりのことに泣き叫ぶのみでしたが、やがて気をとりなおし、娘のいた床を調べてみると、そこには、まばゆい3片の黄金のうろこが落ちていました。このことがあって以来、その池は、鮫池と呼ばれ、また、長者の家も、代々栄えたということです。
参考 『鮫川村史』