奥州街道白坂宿の観音寺に、白坂地蔵が安置されている。
霊験あらたかであちこちよりの参詣者が絶えなかったが、安政の某年、旅の浪人が「左様にご利益があるというのなら、汝は生き地蔵か」とわめき、小柄を地蔵の咽もとに突き刺した。
すると地蔵の傷口から血が流れ出し、うろたえた浪人は切っ先の折れた小柄を近くの畑に放り投げて逃げ出した。その後間もなく奇病により息絶えたという。
昭和30年、住職が尊像のお痛みを取り除こうと、修復を依頼し咽を削ってみると、咽もとにくろい血痕があり、欠けた切っ先が刺さっていたのだという。
この小柄と切っ先は、現在尊像の傍らに飾られている。
参考 『教育のひろば』(白河市教育委員会広報)