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■白河よもやま話
   
  ■百目木のおさん狐 
 

 百目木は昔、鬱蒼とした森であった。その森に百目木おさんという古狐が住んでいて、通る村人を化かしていた。

 ある夜、ひとりの男が白河で酒を飲んだ帰り道、美しい娘が出てきて「お疲れでしょうから、ちょっと休んでお茶でも召し上がれ」と声をかけた。男はすっかりいい気分で酒やお茶を飲んでいるうちに、寝込んでしまった。そして、翌朝目が覚めてみると、お土産やお金がすっかり無くなっていたのだという。

 やがて何年か過ぎてその森もすっかり変わると、古狐も住みづらくなり、しかも歳をとってしまって婆さんに化けるのがやっとになってしまった。そのため誰にも相手にされなくなり、村人からも可哀想なおさん狐だといわれるようになったという。

参考 『白河市史』

  森がなくなって化けることができなくなってしまった、可愛そうなおさん狐。物語の中では「歳をとってしまったから」という説明がなされているが、人間が自然への畏怖心を失ってしまったことがもっとも大きい原因なのだろう。
  ■後方寺のかんきち狐 
 

  昔、田島にかんきちとまわりぼうという2匹の狐が住んでいた。

 ある日、田島の男が伊勢参りから疲れて帰り、ぐっすりと寝込んで夜中に厠へ行こうと起きたら、かんきち狐が男の友人に化け、いいところへ行こうと誘った。男は他ならぬ友人の誘いなので、ついていくことにした。
ところがその夜はあちこち連れて歩かされ、男はぐったりと疲れてしまった。するとこの友はこのときばかりと男の血を吸って逃げてしまった。
たまたまそこを通りかかった細倉の村人が見つけ助けようとしたが、男は弱りきってついに息を引き取ってしまったという。

参考 『白河市史』

  人間をだまして血を吸ってしまうという、まるで吸血鬼のような凶暴な狐。これはちょっと珍しいのではないだろうか。
  ■狐のお産 
    昔、東小丸山の川そばに竹藪になっている淋しいところがあった。

 ある春の早い月夜の晩に、狐が産気づいたが難産となった。狐は人間に化け、中町の医者を人力車に乗せて呼び寄せようやく取り上げてもらった。医者は産室にしては風通しが良すぎ、産婦夫婦の動きもどこか人間らしくなく、お湯もお湯らしくないと思っていた。

 帰り道、人力車から空を見たら星が見える。おかしいと思ってもらったお金を見たら木の葉であった。それでようやく狐に化かされたことがわかったのだという。

参考 『白河市史』

  ■だいの沼とアキ 
    昔、白坂にかきや沼という沼があり、ほとりに一軒の農家があった。人のよい父のしげぞう、口やかましい母のスイ、それに20歳になるしげよしという息子がいた。

 しげよしには14歳のアキという好きな娘がおり、美しく働き者で、那須町に住んでいた。しげよしはなかなか母に話すことができずに、ついに恋の病に伏せてしまった。母は一人息子に寝込まれては大変と、アキを嫁にもらうことになり、喜んだしげよしの病気も治り、2人仲良く暮らした。

 ところが母は2人の仲を妬み、2年たっても子供ができないのも重なって、何かにつけて嫁をいびった。息子は悲しく「なんとか待ってくれ。秋までには子供ができるから」と約束した。

 それから月日は流れ、すぐに秋となった。母親はまた2人を責めはじめた。ついにアキは「ややも産めないようではもうしわけない」と大粒の涙を流しながら庭へ飛び出し、それっきりアキの姿は見えなかった。
ただ、赤いたすきとしげよしが編んだ草履だけが、だいの沼の縁に置いてあったという。

 それからというもの、しげよしはアキを思い、考え込むようになった。秋も深まり祭りがやってきた。しげよしは、アキが好きだったという餅を懐に入れ、杵を洗いにかきや沼の中へ入っていった。

 やがて春が来ると、那須のだいの沼にしげよしの杵がぽっかりと浮いていた。それからというものだいの沼とかきや沼は底なし沼と言われるようになり、馬が飲み込まれたり、だいの沼に水がたまればかきや沼は水がなくなり、かきや沼に水がたまればだいの沼の水がなくなるという具合だった。それでこの沼には、しげよしとアキが大蛇になって行き来しているからだと言い伝えられるようになった。

参考 『白河市史』

  「那須町のだいの沼」というのが、所在不明。情報お待ちしてます。
  ■舟田のカッパ 
    昔、舟田の地に8匹のかっぱが住んでいた。池は2メートルから5メートルほどの深さで、底はどろどろの粘土だったので、1度入ったら助からないと言われた。

 そのかっぱはやはり頭に皿があって緑色の体をし、昼間はおとなしくしているが夕方になると池から出てきたという。 ある日、近くの村人がかっぱに足を取られて引きずり込まれ、助けを呼ぼうとしたがすでに遅く、ついに食べられてしまったという。

参考 『白河市史』

  ■歌を誉めた山神 
   今は昔、公務で朝廷から東国へと派遣されてきた近衛舎人が、奥州白河と常陸の境にある焼山(たけやま)の関(現在の久慈郡大子町)にさしかかった。

 淋しい山中なので、宮廷楽人でもあった彼が馬上で常陸の歌を繰り返し唄っていると、深山の奥から「あな、おもしろ」という恐ろしげな声と、はたと手を打つ音が響いた。「今のは誰の声ぞ」と従者どもに尋ねたが、誰もその声を聞いていない。

 恐怖に凍った舎人は、その夜、宿で死んだ。歌を誉めた山神が、歌い手を召し寄せたのだという。

参考 『教育のひろば』(白河市教育委員会広報)

  ■幽霊の正体 
   元文5年。白河城下で妻に先立たれた男が悲しみに臥せていると、夜更けに枕もとの襖が開き、死んだはずの妻が褥に忍び添い寝をしてきた。怖れ悲しむ夫に、亡き妻の幽霊は、在りし日のくさぐさを嘆き、「三途の川を渡り、六道を彷徨うのは寒くてなりません。どうか着物をください」と泣く。夫がそれを与えると、女は庭の垣を越えて去った。
 そんなことが毎晩続き、男は眠れず、やせ衰えていった。

 ある夜、男はその所業を怪しみ、去っていく影を追った。1里ばかり行くと、らんば(墓場)の石塔のかげに隠れ、また山の方へと向かう。男はさらに追い続け、とうとう明け方になって、木陰にうずくまる女を取り押さえた。
この者は、妻に幼いときから使えていた18歳の婢であった。男は、彼女を丸裸にして追い払ったという。

参考 『教育のひろば』(白河市教育委員会広報)

  要するに幽霊などいなかった、という話。『教育のひろば』によると、「林子平の父が聞いたこと」ということなので、何か原典があると思われる。
  ■3人の老女 
   白河城主大和守の家来に、秋本五兵衛という風骨の剣士がいた。主君の意に背くことがあって浪人となり、俳名を酔月(すいげつ)と号して各地をさすらい、日立下館の俳人中村風篁(ふうこう)の屋敷に仮住まいをしていた。

 ある夜、酔月が寝ている部屋の縁先に3人の老女が集まって、夜もすがらつぶやきあっている。しかし、何を話しているのやら、さっぱり聞き取ることができなかった。 老女たちは、老いた狐であったのだという。

参考 『教育のひろば』(白河市教育委員会広報)

  ■幽霊を轢いた列車 
 

 大正12年4月18日の夜。東北本線白河駅構内に入った上り300貨物列車の機関車に、なまなましい血が付着しているのが発見された。
他の汽車を点検すると、午後9時8分白河駅に着いた上り224旅客列車と、午後10時50分に福島駅に到着した下り227旅客列車に血痕があった。この日の午後8時から10時までの間に、白河駅と久田野駅間を通過したこれら3列車以外の汽車には異常が認められなかった。
線路工夫らが、線路をくまなく調べたが、轢死体もなく、轢かれた痕跡もない。他の管区の駅々にも探査を依頼したが、ない。3列車は誰も轢いていなかったのである。

 これより3か月あまり前の1月9日、午前2時37分。久田野駅構内で、新潟発上野行きの列車が脱線転覆し、乗客6名が死亡した。 このたびの3列車は、その亡霊を轢いたのであった。

参考 『教育のひろば』(白河市教育委員会広報)

  近代の怪談。新聞を調べてみたら、もしかしたらこの記事が見つかるかもしれないなぁ。
  ■雷さま 
   雷は冬の間は那須山に住んでいて、夏になると天王山にやってくる。その姿は猫の格好をしているという。それは木に雷が落ちると、猫がひっかいたようになるからだという。

参考 『白河市史』

  「雷獣」を思わせる、雷についての民俗知識である。
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