強滝の川の中ほどに、機織石という2間四方もある大石があった(戦争直後、石垣の間知石として採取され、今は無い)。この大石の上に毎晩のように深夜になると怪しい灯火がともり、機を織る音がキリンシャン、キリンシャンと聞こえてくるのだった。道を通る人が立ち止まって確かめようとすると、不思議にも、灯火とともに機織の奇妙な音も聞こえなくなってしまうのだった。それで夜更けになるとここを通る人もいなくなり、薄気味悪いところとなってしまった。
この話を聞いたある猟師が、「それは魔物の仕業に違いない」と、ある夜、灯火めがけて鉄砲を1発打ち込んだところ、その音とともに山峡にこだまして、いずこともなく消え去ってしまった。土地の者は、その奇妙な話に身に寒さを覚えたほどであった。
その頃、前田から石井草へ通ずる近道があり、その山中に珍しい大岩があって、その岩の下から機織石と同じような音が聞こえるようになった。人々は魔物がここへ移ってきたものと信じ、噂がひろまって、この道もぱったりと人通りがとだえてしまった。
そこで里人は、「これは魔物のたたりだから、機織の主を姥神様として祀ろう」ということになった。丁度その頃、村中に悪性な頭の病む病気が流行り、村人が悩まされていたので、風邪の神として風殿というお宮も造りお茶を供えて信仰したところ、その機織の音も聞こえなくなったのだという。また、この姥神神社のお茶を借り受け、煎じて飲むと万能の妙薬となり、悪性の風邪も治ったという。
その後は木造のお宮を建て、その周りにはお茶を供える竹筒が多く並び、信仰の多さを偲ばせる。毎年八十八夜の翌日を祭日として、近所の人が集まり、お茶の会が催されている。
参考 『鮫川村史』