大塩の前山の峰よりの所に、大きな石が白く光って見え、団子石と呼ばれている。また、この周辺をヤマガクボ(山家窪)と言っている。
これより峰続き東側ひと山を越えたところは、ムジュウと呼ぶ。いつの時代か定かではないが、寺の敷地跡として窪の奥地中段にちょっとした平坦地がある。
昔大木の繁っていた頃、この峰に一人の老婆が住んでいた。朝夕の焚き火の煙が立ち上るのを見て大塩の人は明日の天気を予想していた。今でも朝霧や夕霧のたなびき具合を見て、「ヤマンバーがあのようでは、天気が崩れるかもしれない」とか、「当分続くだろう」などと言う。
ある飢饉の秋、寺の老住職が空腹を抱いて山芋掘りに出かけたものの、もうどこへ言っても掘り取った穴ばかりで、ひとかけらの芋にもありつけぬまま、よろよろと老婆の家に立ち寄った。
丁度昼食時であったのだろうか、老婆は大きな団子をさもうまそうに食っていたので、老僧も空腹にたまりかねて恥じらいも無く「団子をひとつ恵んで欲しい」と施しを乞うた。しかし老婆はけんもほろろに、悪口まで交えて断った。そして「これは団子のように見えるだろうが、石のかたまりなのだ。いくらお経を唱えても石が団子にはなるまい。帰れ帰れ」と追い返してしまった。
老僧が帰った後、老婆が残りの団子を食おうとひと口かじってみて驚いた。なんと、さっきまであんなにおいしかった団子が、歯も立たない石になってしまったのである。それからというもの、老婆の作る団子はみんなみんな石となり、さすがの老婆も食うものとて何もなくなり、ついに前非を悔いながら一人寂しく餓死したとのことである。
それから誰言うともなしにこの峰にある石を団子石と呼ぶようになり、寺も継ぐものも無く無住の廃寺となって、今ムジュウの名のみ残されている。
参考 『鮫川村史』