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縁切り石
 

 康平5年、源義家が安倍貞任を征伐の時、この地に砦を築き戦ったが、地の利は貞任にあり、義家は捕らえられてしまった。貞任はこれほどの人物を殺すには惜しいとして、しばらく義家を牢へと押し込めておいた。

 貞任には尾上という美人の妹がいた。ある時義家は彼女に「我を脱しなば、吾、汝を妻となさん」とささやいた。これに喜んだ尾上は、義家を脱出させ、義家は無事館に帰ることができた。

 さて、その後尾上は義家から音信が無いのを不信に思い、密かに夜忍び出て義家の館へ会いに行ったのだが、義家は会おうとしないばかりか、かえって「東夷の娘を妻にすることはできない。天子の恐れもある。」とこれを退けた。彼女は大いに悲しんで、ついに自害して果てたのだという。

 縁切石は、かつてこの館内の濠の中にうずまっていたのを彫り上げて建てたものである。婚礼で嫁に行く者は、この前を通ると祟りに会うというので、この碑前を通らないのだという。また、今なお縄を結んで縁切りの祈願を成す者もあるという。

参考 『福島市史』

   
   婚礼行列が通行を禁忌する石の伝説。ここでは義家・貞任の歴史と結び付けられて語られている。源義家は義経と同じように東北地方では英雄視されることが多いが、この話を見る限り、なかなかヒドイ男である(^^;
 さてこの石、かつては田畑のある風景の中に建っていたのだろうが、現在は果樹畑の中に建っている。すぐ側に八幡神社があるのだが、果実の実っている木々の中に鳥居があるのは、なんともミスマッチな光景だ。まあ、県北地方ではよく見られる光景なのだが。
 ちなみに現在ではさすがに訪れる人も少ないらしく、上の文章の中にあるような「縄を結んで祈願する」という習慣は無いようだった。
 

八幡神社。果樹園の中にポツンと建っている。

草に埋もれた縁切石。
   
  mapion
宮代。県道から入った果樹園の中に八幡神社があり、その傍らに縁切石がある。果樹園の中を勝手にウロウロするのはやめましょう(笑

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