嵯峨天皇の貞観年中、この辺りに陸奥・出羽の按察使に任ぜられた源融公がやってきた。夕暮れ時にあるのに道もわからず困っていると、この里の長者が通りかかり、家まで案内されることとなった。
公が長者の家におもむくと、長者の娘虎女(とらめ)が出迎え、その美しさに公は目を奪われた。虎女もまた公に心を奪われ、すぐに二人は深い仲になり、公はこの地に一ヵ月余りも留まったのであった。
やがて公の迎えの者がここを訪れ、公は初めて自分の身分をあかし、再開の日を誓って去っていった。
再開を待ちわびた虎女は、文知摺(もちずり)観音に来る日も来る日も祈りをささげ続けた。そして満願の日を迎えたが、いっこうに公がやってくる気配が無い。絶望し、嘆き悲しんだ虎女が、ふと見ると、文知摺石に愛しい公の姿がぼうっと浮び上がっている。虎女は急いで石のもとに駈け寄ったが、その姿は一瞬にして消えてしまった。
その後虎女はついに力尽き、病の床に伏してしまったのだという。そして、ちょうどこのときに、公の歌が使いの者の手によって寄せられたのであった。
みちのくの忍ぶもちずり誰ゆえに みだれそめにし我ならなくに
参考『福島の伝説』(角川書店)