■アブナイ入道
むかし、この辺りのムラムラに、毎晩夜更けになると「アブナイ、アブナイ」という声が聞こえてきたそうだ。始めは遠くからかすかに聞こえてくるが、だんだん近づくにつれて大きくなり、やがてまた遠ざかっていく。ムラの人たちは、その得体の知れない声に怖れをなして夜になると戸を閉じて息を潜めていたそうだ。
ところがたいそう元気のいい若者がいたそうだ。夜更けに、物陰に隠れてアブナイが来るのを待っていた。やがて遠くからアブナイ、アブナイという声が聞こえてくる。見ると墨染めの衣を着た大入道であったそうだ。その入道は、高子沼の堤防のあたりでフッと姿が消えてしまった。
不思議に思った若者は、入道の消えた辺りに行ってみると、今にも沼に滑り落ちそうになっているひとつの壺が水際にあるのを発見した。若者が急いでこの壺をとろうとしたら、水の中から何者かがガブリと若者の腕をかみきってしまった。
若者は驚いたが屈せずその壺をとり、ふたをとってみると、中にはなんと砂金がいっぱい詰まっていたのであった。金の精が、この壺が沼に落ちて無になってしまうのを恐れ、アブナイ、アブナイと危険を知らせていたのであった。そして、その砂金が人に渡るのをねたんだ高子沼の主が、その若者の片腕をもぎ取ったのだということだ。
その金がそのあとどうなったのか、誰も知らない。
■高子沼の金塊
昔、伊達の高子に熊坂という大尽があった。その家には1人の若い奉公人がいたが、その若者は毎朝草刈にでかけて、ビッショリ濡れて帰ってくる。不思議に思った主人は、奉公人を呼んでその訳を尋ねてみた。
奉公人が言うには、毎朝暗いうちから高子沼のほとりに草刈に行くのだが、夜明けになると沼の中で鶏の鳴く声が聞こえてくる。見ると、まばゆいばかりの金塊が沼の中に置かれてある。それをとろうと思って沼の中に入るのだが、金塊はどこにも見つからないのだという。
主人は大変不思議な事と思って、次の朝奉公人について高子沼までやってきた。すると、なるほど大きな金塊が朝日に照らされキラキラ輝いている。主人は腕を組んでしばらく考えたが、ハタと手を打った。「そうだ、金塊は沼の底ではなくて、山の崖にあるのだ。それが朝日に輝いて沼の底にあるように見えるのだ。」
早速朝日の指す方向から見当をつけ、探し回った結果、ついに金塊を手に入れる事ができたという。熊坂の大尽はそれから富めるが上に富み栄え、保原から相馬まで他人の土地を踏まずに行けるほどだったという。また、これも奉公人のおかげだということで、熊坂家ではその奉公人を待遇し、死後も内神として祀ったという。
参考 『保原町史』