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わんだの清水  
 

■その1

 昔このあたりの家では「おふるまい」で多くの膳椀が必要なとき、この清水にお願いすると翌朝必要な数だけ膳椀が水面に浮いていたという。

 村人は事あるごとに清水にお願いして膳椀を借り、終われば直ちに返すことを慣わしとしていたが、1人の不心得者が返さなかったために怒りに触れ、清水から大量の水が溢れて付近一帯は水浸しになってしまった。村人は近くの丘に集まり不心得者を戒め、再びこのようなことがないよう清水に誓った。荒れに荒れた水は収まったが、以来膳椀の出ることはなくなったという。

 のちにこの清水は椀田の清水と言われ、和田の地名の起因とも伝えられる。

■その2

 二本松丹羽公の時代、明珍という武士が妻の難産に困り、神仏に加護を祈願したところ、夢の中で 「東南方の地に竜宮より沸き出づる神霊水有り、その水を与えれば安産なり」とお告げがあった。

 侍はこの清水を捜し求め水を持ち帰り妻に与えたところ、無事玉のような子が生まれた。

 明珍は早速2本の旗を奉納してお礼を申し上げた。旗には「奉納八大龍王神、安政四巳年九月吉祥日、明珍氏」と書かれてあり、現在も和田字久保の某家に大切に保管されている。

参考 『白沢村史』

   
 

 いわゆる「椀貸し淵」の話。物語上では、「椀貸しの伝説」→「椀田の清水と名づけられた」→「和田の地名が起こった」となっているが、本当は逆で、「和田の地名があった」→「わだの清水がわんだの清水に変化した」→「椀貸しの伝説が生まれた」ではないか。「その2」の伝説の方が固有のものを伝えており、こちらが本来ではないかと思うのだが・・・。

 現在のわんだの清水は、非常にきれいに整備されている。由来の碑も置かれており、伝説は末永く残ることであろう。

 

わんだの清水遠景。



脇にある小祠は、八大龍王神。


   
  mapion
白沢村和田。道の脇の田んぼの中に清水がある。写真のとおり、屋根がかかって旗なんかも立っているので、わかりやすいだろう。

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