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めっけ稲荷
 

 昔、清水台の稲荷様は江戸の吉良上野介の屋敷に祀ってあり、妻恋稲荷と呼ばれていた。そのころ、郡山の呉服屋に生まれた石塚彦宗という人武士は、吉良の家来の1人として江戸屋敷に住んでいた。この男はかねてから信心深く、毎日この稲荷様にお祈りしていた。

 元禄14年の暮れ、突然、大石良雄ら47人の義士が屋敷をおそった。石塚も傷を受けて、体をようやくひきずりながら屋敷の外へ逃れた。ここで倒れたら死ぬばかりと懸命に気をはっていたが、だれも助けには来ず、とうとう気が遠くなってしまった。

 そのとき、耳の側で
「ここにいては助かるまい。お前の故郷まで連れて行ってやろう」
と声がするのでハッと驚いて見ると、大きなが自分に背中を向けて、ここへ乗れというようなふりをしている。
「さては、日ごろ信心する稲荷様が、この狐をよこしてくださったのか」
と恐る恐るその背中にまたがると、はまるで鳥のように雲の上を飛んでいった。

 やがて地上についておりてみると、そこはまぎれもない自分の生家の前であった。そして、の姿は既に見えないのだった。

 ゆっくりと傷を癒した石塚は、そのまま刀を捨て、呉服屋の商売に精を出した。そして、命を助けてもらった恩を忘れられず、清水台の愛宕神社の脇に社を作って、江戸の吉良邸にある妻恋稲荷を勧請して祀ったのだという。

 土地の人々は、この社をめこう神社、またはめっけ神社といっている。

参考 『郡山の伝説』

   
   なんとその由来が赤穂浪士の物語につながるというめっけ稲荷。しかも吉良方。時代的に考えても、伝説とはいえ何らかの形で吉良に結びつく稲荷なのでしょう。

 現在のめっけ稲荷は市内でも車どおりの最も多い国道4号沿いにありますが、境内に一歩入ると不思議と静かな空間です。神社のわきには自分の具合の悪いところをさすると治るという「身代わり大黒様」も祀られ、こちらも見ものです。

 

稲荷の鳥居。



めっけ稲荷お堂。


   
  mapion
郡山市清水台2丁目。駅前通りを進み、4号線を北へまがってすぐに、愛宕神社がある。そして、その愛宕神社の向かって右側に、妻恋稲荷(めっけ稲荷)がある。

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