トップページ福島の伝説郡山>各伝説    <凡例
 
鬼沼湾・弘法の橋立
 

 昔、弘法大師の一行が、戸ノ口(猪苗代北岸)からまだ出来上がらない丸木舟にのり、湖上で丸木を削りながら鬼沼までやってきた。

 やがて舟は完成し、その削り屑を湾内に捨てたところ、大きな木っ端はマルタや鯉や鮒になり、小さな木っ端はウグイになった。それで、鬼沼湾を中心に湖南の浜々は、今なおウグイの主産漁場になっている。

 さて、弘法大師がなぜ急いできたかというと、北浦から南方を望んだ折、山々の織り成す景色が、まるで「病」の字に見えたからであった。そして、湖南の村々では、実際に疫病が流行し、大蛇がはびこっていたのだった。

 弘法大師は魔物退治の準備として、まず港を作ろうと鬼沼の湾口に橋をかける大作業に入った。

 人々に気付かれぬよう、夏の闇夜の中密かに東西から工事を進め、もうひと息で出来上がろうとした時、夜半にアマノジャクが鶏の鳴き声を真似て「コケッコッコー」と鳴いた。

 大師は「もう夜明けか、見つからないうちに止めろ。」と言って、工事を止めてしまったのだという。

 おかげで鬼沼湾は良湾になり、現在まで残っているのだという。

参考 『郡山の伝説』(郡山市教育委員会)

   
 

 磐梯山の病魔退治と恵日寺伝説を中心に、会津地方と弘法大師伝説は非常に綿密に結びついています。これもそのうちのひとつといえるでしょう。このアマノジャクが飛騨匠や弘法大師の仕事を邪魔するという話はポピュラーなものですが、夜中に活動して朝が来るとそれを止めなければならない弘法大師というのは、「人ならざるモノ」の性質を帯びているということなのでしょうか。

 現在の鬼沼湾は、湖南の町から湖畔を通る細い道を走って行くことになります。湾の口の両端から細い陸地が延びて奇観を成していて、確かに橋をかけようとした跡のように見えます。もう少し伸びれば「天の橋立」です。湾の向こうには猪苗代湖に浮かぶ磐梯山を眺めることもでき、なかなか良いところなのですが、まわりは山で民家も無く、湾内には葦が生い茂って鎮まりかえっている状態。もしかしたらこれは、観光の穴場スポットかもしれません。是非一見をオススメします。

 

鬼沼湾。湾口が突き出ているのが
わかるだろうか。



湾から見た磐梯山。
ちなみに時刻は夕暮れ時である


   
  mapion
郡山市湖南町舟津。猪苗代湖南岸に丸い湾がある。地図を見れば一目瞭然。

 トップページ福島の伝説郡山>各伝説    凡例