久保田にあったという慶正寺の跡には、「太郎殿の墓」と呼ばれる寛保3年に建てられた五輪の塔がある。
今より60年ほど前までは側に川が流れていたが、耕地整理され田の中に1本のケヤキと塔を埋める藪だけが残った。
ところが誰言うとなく「あの藪を刈ると目がつぶれる」といわれ、それは墓が姿を見せたくないからだと言われた。そんなことは迷信だろうと言われたが、実際に数人がこれを刈って片目になってしまった。
その後今度は駐車場にするため土盛りをして平にしたら、工事の主任が一夜にして亡くなり、もう一人の係員も大病しているという噂で、坊さんが来て読経をしたり供物を備えたりして供養した。今でも線香が絶えない。
参考 『郡山の伝説』(郡山市教育委員会)