天正17年、伊達軍と芦名軍が高倉付近で戦闘し、伊達軍が大いに苦戦をして三春の応援を求めたとき、新田館からも援軍を送ることとなった。ところがそのとき、留守の兵が少数と見て、安達白岩大場ノ内館の兵が大挙して押し寄せてきたため、少数の兵で防戦に努めた。
留守を守っていた智将泉田外記は直ちに町内の婦人の腰巻を借り集め、これを旗に仕立てて虚勢を張った。すると、後方から大軍のトキの声が起こり、それに力を得て一段と奮戦したので、敵軍もついに後方より援軍が到着したものと思い込み逃げ帰った。
戦い終わって、喚声の出た場所を探したところ、山の裾に大きな石があり、石の表面に汗とも見ずとも分からないものが流れていたという。
それからこの石を呼ばわり石と呼んで、今に伝えられている。
参考 『郡山の伝説』(郡山市教育委員会)