トップページ福島の伝説郡山>各伝説    <凡例
 
伏竜寺の大蛇伝説  
 

■その1

 昔、福浦と赤津の山境、分水嶺の峰々に大蛇が棲んで荒らしまわり、谷や沢に死気を撒き散らしていた。そのため里には悪疫がはびこり、暗雲が天を覆って作物も実らない有様であった。

 そこへ弘法大師が通りかかり、この苦悩を哀れに思って大蛇の棲む無窮山に登り、大蛇の根城である大岩の上を箒で掃き清めると(着物の裾で岩を掃う霊夢を見たともいう)、大蛇はその法力に抗しきれず、山伝えに片岸山へ退散し、麓山の裾の洞窟に這い込んだ。しかし、頭かくして尻隠さず、もがいているところを里人に見つかり、切り殺されてしまった。

 法師は大蛇をここに埋葬し、地名を穴尾と改め、穴尾山法性寺と薬師堂を建立し、その霊を慰め病魔退散を祈った。後に寺は廃寺となり、薬師堂だけが残っている。

 また大蛇の根城を掃いたところを岩掃山と呼び、その中腹に千手千眼観音菩薩像を自ら刻み、無窮山伏竜寺を開いた。

■その2

 昔、悪い大蛇がいたので弘法大師が毎朝日の出前に護摩を焚いて追い払った。大蛇は苦しみながら山越えに小枝坂まで行き、弱って倒れていた。
 そこへ殿様が通りかかり、「見苦しいから身を隠せ」と言ったので、大蛇は穴尾の山まで行き穴に首だけ入れて尾は出していたが、弱っていたので間もなく死んでしまった。

 それで、今ではその場所を穴尾と呼んでいる。

参考 『郡山の伝説』(郡山市教育委員会)

   
   湖南町福良と赤津はそれぞれ湖岸の小さな扇状地に開けた里で、隣り合ってはいるのですがその境はこの伝説に出てくる山々が遮っています。そして、この嶺の南北に弘法大師が伏竜寺と法性寺を開いたというのです。往時はこの山塊がさぞ霊地として賑わったことでしょう。

 ところでこの大蛇伝説は、弘法大師といい村人の苦悩といい、湖北の磐梯山の手長足長伝説と対応するところが多いです。磐梯山の伝説の方が有名なのでそちらに目がいきがちですが、湖南の伝説では寺院の縁起へと繋がっていくので、実はこちらの方が地盤がしっかりしています。また湖北は神話的ですが湖南は説話的です。もしかしたら、お互いに何らかの影響を受けているのかもしれません。

 


伏竜寺の千手観音堂。


法性寺跡の薬師堂その1。



伏竜寺にある夫婦モミ。


薬師堂その2。


   
  mapion 【Google Maps】
伏竜寺。郡山市湖南町福良。国道を福良(東)から赤津(西)へ走り、境の小さな峠にさしかかる手前南側に入っていく。

mapion
薬師堂。伏竜寺の北、ちょっとした森の中にある。

 トップページ福島の伝説郡山>各伝説    凡例