横塚の北方に、お玉ヶ淵と呼ばれた池があった。
昔、郡山が宿場町だったころ、ある旅籠に気立ての良いお玉という女郎がいた。あるとき、その宿に泊まった馬喰の財布が無くなり、大騒ぎとなった。お玉に嫌疑がかけられ、たいへんな責苦を受けた上、蔵に監禁されてしまった。
お玉は無実の罪に泣き悲しみ、耐えかねた挙句、隙を見て夜中に逃げ出しお玉ヶ池に身を投げて死んだ。その後無実であったとわかって碑を建立して供養した。
誰言うとなくその池をお玉ヶ淵と呼ぶようになり、お玉が入れられていた蔵は開かずの蔵といって開けられず、開けるとその家は灰になってしまうと言われた。蔵のある旧七曲を通ると、お玉の亡霊が出て泣きすがるといわれ、夜の通行人を怖がらせていた。
今ではお玉ヶ淵は埋立地になり、お玉の碑もどこかへいってしまったということである。
参考 『郡山の伝説』(郡山市教育委員会)