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不動滝
 

●雨乞霊滝

 天正16年秋、会津合戦のとき小桧山縫殿之介の郎党が伊達方に寝返り、鵜の浦甲斐守方と壮絶な争いとなった。三代城主はそのとき駆けつけた芦名方の赤津弾正のため切腹せられ、三代は廃城となってしまった。

 このとき奥方や姫ら5人が山深い滝の入りに逃れたが、幾年も経て飢えと寒さに耐え難く、滝壺に身を沈め、米や塩を与えてくれなかった里人を恨んで「米がとれないようにたたるわぁ」と死んでいった。そして霊魂は蛇体と化し、滝壺の水を飲み干してしまった。

 三代村では滝からの水がなくなり、さらに日照りが続いて苦しんだ。そこで正福寺の良栄和尚が雨乞いをすることとなった。
  和尚は故事を調べ、滝壺のほとりに姫たちの晴れ着を飾り、その霊を慰め、5派の滝を五大明王に配して供養祭を行った。
  その満願の日、ついに霊験が現れ、恵みの雨がざあざあと降り注ぎ、里人は皆涙を流して喜んだという。

 それからこの滝を雨乞霊滝と称し、それまで御代山であった寺の山号を、五大山と改めたという。滝は今の不動滝である。

●不動滝と義家

 前九年の役のとき、義家が八幡岳の頂上にて馬上から不動明王を心に念じ、はるか猪苗代湖畔を進む敵将へ矢を放った。
  矢の1本は湖上に、もう1本は舟津に落ち、鏑矢明神として祀られている。

 また山を登るとき馬が踏ん張った蹄の跡が、不動滝の上に残されているという。この水で目を洗うと眼病が治るといわれている。

参考 『郡山の伝説』(郡山市教育委員会)

   
 

 三代の国道からそれ、山奥へひたすら車を走らせると、やがて立派な滝が現れます。お不動様が祀られ、神秘的なその滝が、姫らの悲しみを今に伝える不動滝です。全く観光化されていないのですが、それがまたおごそかな雰囲気をかもし出しており、なかなか良いところです。(07-07-01)

 

不動滝。
嵐の後だったか、折れた木が散乱していた。


滝のふもとの不動尊。
 

   
  mapion
湖南町三代。中ノ入の集落のずっと奥へ入っていくと、滝がある。

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