むかし、本宮の方からそれはそれは大きなお坊様が、大きな山を背負って南へ歩いてきたという。笹川から西へ向って牛庭を通り、そこから北へ向った。
川田を通ったとき、履いている高下駄の歯に土がたまった。そこで下駄の土を振り下ろすと、その土が飛んでいき堂山に落ちた。歯につまった土がポックリと抜け、大きな穴が空いて池ができた。
土が飛んだところが愛宕山になり、できた池は歯抜き池(葉抜き池)と呼んでいる。
お坊様はさらに北へ進み、大槻を抜けて西の多田野へ行った。だんだん背中の山が重たくなり、ついに多田野の南へ落としたという。
その山を縄かけ山と呼ぶようになり、山の南に帯状に木が生えないところがあるが、それは背負ったときの縄で木の根が擦れたからだと伝えられている。
参考 『郡山の伝説』(郡山市教育委員会)