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黒森峠の怨霊
 

 むかしは、常夏川を境にして西側を栗森備中、東側を赤津治部左衛門が領していた。境界はあいまいで、川西にマコモが生えたらその土地は赤津領にし、川東に菖蒲が生えたらその土地は栗森領に属することと取り決め、互いに小競り合いをしていた。

 あるとき、湖水に舟遊びをしていた赤津勢の留守中、虚をついて栗森勢が奇襲をかけた。赤津勢は急いで戻り、激戦となった末に赤津が勝利し、全村を統一した。以来、そこを戦場が原と呼ぶようになった。現在の桑木原と伝えられるが、昔の面影は残されていない。

 滅ぼされた栗森備中は、黒森下の菩提寺まで攻め込まれて首をはねられたので、久しく成仏できずにさまよった。黒森峠の怨霊と呼ばれ、坊主や神主、学者などが通るたびに、化けて出て哀怨を訴え続けていたという。

参考 『郡山の伝説』(郡山市教育委員会)

   
 

 近年ようやくトンネルが通った黒森峠の伝説です。旧道はかなりスリリングなルートだったのですが、現在は通行止めになっています。(07-01-07)

 

黒森トンネル。その上が峠。

赤津氏の居城跡から赤津の町を望む。
   
  mapion
湖南町赤津。H19年7月現在、黒森峠の旧道は通行止めです。

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