北会津村小松と上荒井の間が萱野や小松原で人通りも少なかったころの話である。
この地は大昔、伊南、伊北から越後に通じる道で、会津荒井宿があった。行きくれて泊まった宿に悪い老婆2人がいて、旅人に石の枕をさせておいて夜中に石の槌をもって殺し、金品をはぎとったという。
そのころ1人の草刈童子がおって、道に迷った旅人をみると
日暮るるとも荒井小松に宿とるな 石の枕に槌ひとつ
行き暮れて野には伏すとも宿かるな 荒井の里のひとつ屋のうち
と唄って身の危険を暗示したため、後に旅人はこの姥の宿には泊まらなくなったということである。この草刈童子は鎮守神十二天の化身であったろうと伝えられ、石枕は今も上荒井の真福寺境内の地蔵堂の中にあり、長さ1尺5寸、幅1尺、厚さ4寸の黒い川原石が残っている。
また別話には昔平家の落人の女中が住み着いて軍資金調達のため旅人を泊めてこれを殺したともいう。
参考 『会津本郷町史』