昔、大八郷村の丸山(高倉山)の北端がまだ切通しになる前のころの話である。
延命寺前の雑木林に2斗酒樽ほども直径がある大蛇が住んでいて、山沿いの道を通り人々に恐れられていたという。
この道は氷玉峠を越えて日光、江戸への裏街道であって、藩政時代各藩の殿様の主要路でもあったことから、「そんな大きななりを見せるものではない。ご無礼があっては生きていられまい」と村人たちがさとした。蛇はその言葉がわかったのか、それからは姿を見せることはなくなったという。
村人たちはそれをあわれに思い、山裾に蛇の宮を建て、長く蛇の供養をしたという。
今も丸山の下を流れる谷地堀川県道に架かる橋を蛇の宮橋といい、その橋から大八郷への道を50メートルほど行くと山腹に稲荷様があり、ここに蛇の宮も合祀されているというが定かではない。
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参考 『会津本郷町史』