第二中学校のあった裏山にある左下り(さくだり)観音は天長7年、徳一大師建立によるものである。
この建物の中に高さ3寸ほどの柱があり、これを見つけた人は開運があるといわれる。本尊は俗に無頸観音と呼ばれ、伝説によると延長のころ越後の人がそしりを受けて逃げこの観音堂に身をひそめて観音のお力を信じていたが、とうとう追手につかまり傍の岩の上で首を切られてしまったのである。その首を新潟に持ち帰り主人に見せたところ、なんと観音様の石首であったという。人々はみな観音様のお力を信じかの地にお堂をつくり、水月道場と名づけ首を安置した。
今新潟県に頸城郡とあるのはそのとき名づけられたといい、また左下り観音堂のそばの首を切られた岩を首切岩と呼んでいる。
参考 『会津本郷町史』