■その1・主争い
山上の西部、滝平というところに、男滝女滝がある。そこを蟹淵といい、昔は周囲1丈もある大蟹が棲んでいた。
また、山上の東部、山岸の前で宇田川の南に、大竹というところがある。ここに昔、大きな湖があり、大きな鰻が棲んでいた。
ある秋の夕暮れ、1人の猟師がこの湖のそばを通りかかると、向こうから若い娘が泣きながらやってきた。
そして、猟師に「わたしはこの湖に棲んでいる鰻なのですが、昨日、蟹淵の蟹がやってきて、おれの棲むところはせまいから、交換しようと言ってきたので、先祖代々棲んできたところだからそれはできないと断ると、それでは勝負をして決めようと言って帰っていきました。そろそろ蟹がやってくるころです。あのハサミにやられてしまっては、わたしはひとたまりもありません。どうかあなたの弓矢で蟹の頭をくだいてください。もし助けてくだされば、お礼はお望みどおりにいたします。」と言って泣くので、猟師が「よしよし大丈夫、引き受けてやるから安心しなさい」と言うと、娘は喜んで木の陰に隠れ、見えなくなってしまった。
まもなく雨が降り出し、盆をくつがえすような大雨になった。そして、どこからともなく大蟹がハサミをふりたてながら、草も木も押し倒しながらやってきた。それを見た猟師は、あまりの恐ろしさに腰を抜かして、泡を吹いて倒れてしまった。
蟹はその前を通り過ぎ、湖にざんぶと入ったかと思うと、見る間に湖面は血で真っ赤に染まったのだった。
猟師は自分の不甲斐なさにあきれ、すごすごとその場を去ろうとすると、湖の方からさっきの娘が髪をふりみだし血だらけの姿で現れ、「猟師さま、怨めしうございます。約束を守ってくださらなかったばかりに、親譲りの湖も取られ、このような浅ましい体になってしまいました。」と言って消えてしまった。
一方の蟹は大喜びで、今度は人畜まで殺そうと、しきりに毒を吐き流していた。
ときに大和国宇多郡日中村に、九郎兵衛という者がおり、次男を与六といった。与六は、わけあって奥州にくだり、今の相馬市新田に、産土神である白滝大明神を勧請し祀っていた。
ある日、与六が松川浦で釣りをしていると、生い茂った草むらから「与六与六」と呼ぶ声がある。行ってみると、それは金の御幣だった。
与六が参拝九排すると、御幣は「汝とともに奥州に下れる白滝大明神であるぞ。汝の知れるごとく、山上村というところに大蟹あり、常に毒を流し人畜をあやめるという。その大蟹を退治し、人民に安心を与えねばならぬ。汝白滝大明神の道案内をすべし」とおっしゃったので、与六は漁具を打ち捨てて宇田川をさかのぼった。
やがて山岸に遷座ししばらく様子を見たが、蟹は一向に逃げようともせず、ますます害を及ぼすので、大明神は怒って蟹淵に来て、猿を使って長い棒で蟹を崖から突き出させ、とうとう退治した。
その後、人々はお宮を作って白滝大明神を遷宮したのだという。
■その2・機織姫
相馬市山上にある男滝・女滝は、旱魃のときに祈れば、たちまち豪雨があるという。
昔、1人のきこりが山刀を滝壷に落としてしまい、これをとろうとして水中に入ると、水底に1人の美しい女が機織をしていた。女はきこりになぜここへ来たか尋ねたので、誤って山刀を落としてしまったのだと答えると、女は機の下から山刀を取り出して返してくれたのだという。
参考 『相馬市史』