大昔、泉に泉長者という男がいた。この男は、紀州熊野から烏に案内されて真野の海岸(烏浜)へたどりついてやってきた男であった。
ある時自分の牛が見えなくなり、あちこち探し回ったところ、山すそで水を飲んで酔っているのを見つけた。不思議に思ってその水を飲んでみたところなんとそれは酒で、これを人々に売って財をなしたのであった。
長者の暮らしは贅沢をきわめ、娘の1人を大甕の小浜へ嫁がせ、泉から小浜まで樋を引いて酒を送ったのであった。ある欲の深い男が樋の途中から酒を飲んだところ、酒が非常に渋かったのでそのあたりを渋佐(渋酒)という。
また、この樋から漏れる酒を貝殻でうけて飲んだところを萱浜(貝浜)といい、雫が落ちたところを雫(しどけ)という。
さて、長者は信田沢に別荘をもっており、そこに子供を住まわせて、岩松院というお寺へ手習いに通わせていた。
ある日のこと、いつものように子供がお寺への道すがら、急に大蛇があらわれて子供に襲い掛かり、子供は池に落ちてしまった。
長者の妻はあわてて駆けつけたが間に合わず、あわれ死んでしまったのだという。 妻はあまりの悲しみに湯文字を落としていったので、そこを腰巻沢と呼び、子供が落ちて死んだ池を稚児が池といって今も残っている。
参考 『原町市史』