トップページ福島の伝説相双>各伝説    <凡例
 
■相馬よもやま話
   
 

■柏神社の大石  

 

 昔、相馬の石上の人が伊勢参りの帰り、下駄の歯に小さな石がはさまった。どこまで来てもとれないので不思議なこともあるものだと思いながら、お伊勢参りからついてきたのだからと、煙草入れに入れて家の神棚に上げておいた。

 ところがこの石はだんだん大きくなって、やがて一抱えもある大石になってしまったので、不気味に思い紫の布に包んで柏神社と名づけてお祀りした。なんでもこの石の正体は南洋の蛇が変わったものだとかいわれているということで、この石が後にたくさんの子供を産んで、そのひとつが新沼に祀られているともいわれている。

 なお、柏神社のお祭りには、罪のある者が担げば必ず身体がちぢまり、罪の無い者が担げばどんな大石でも楽に担ぐことができるといわれている。今は安産の守り神になっている。

参考 『相馬市史』

  詳細不明。あるいは別項に挙げた「鹿島神社」のことだろうか。情報求む。
  ■杉の大木 
 

 相馬市石上に杉の大木があった。これを伐ろうとすると、にわかに大風がおこった。 しかし、ついに切り倒したところ根元から梢まで真っ二つに裂けてしまい、それと同時に伐った人の家ではうず高く積み重ねておいた数十表の米俵が地響きをたてて崩れ落ちたということである。 また、相馬市新沼にも南行の大杉といって同じ話がある。

参考 『相馬市史』

  ■傾城清水 
 

 相馬市磯辺にある。昔1人の寡婦があり、容色とても美しく常にこの清水を使っていたという。この美人は妖怪だったという。

参考 『相馬市史』

  ■天狗の森 
 

 相馬市石上には夜になると怪しい火が燃えたり、入って帰らなくなった人もある森があって、天狗の仕業だといって近寄る人もなくなったという。

参考 『相馬市史』

  光照寺の金 
 

 相馬市大坪にあった光照寺は、非常に裕福な寺であって付近に沢山の金を埋めておいたのが、夜毎に飛んで今はその金もなくなったということである。このようなことは、表倉にもあったといわれているが、金の飛ぶ方向はいつも大坪の方だったと伝えられている。

参考 『相馬市史』

  廃寺に関する伝説。隆盛を極め没落した寺院を揶揄した伝説であろうか。
  相馬の刀鍛冶 
 

 相馬市向町の西行寺近くの通りに有名な刀鍛冶があった。その刀の切れ味は大変に良く、ある時は石を真っ二つにしたので石割という名を持ったほどだった。

 その頃近在に大蛇がいて人々に危害を加えるので、その刀鍛冶が退治に出かけたが、幸いに自分の打った刀で苦もなく退治し、蛇の死骸を細かに切って竹に突き刺し、大道に並べてさらしておいた。

 ところがそのことがあってからその家では代々目の悪い女の人が出るので占ってみると、退治された大蛇が道にさらされたのを怨んでの結果だったということがわかった。ことにその蛇が雌だったので女の人に祟ったという。

参考 『相馬市史』

  熊の恩返し 
 

 相馬の幼児たちは以前、牛を見ると「ベコベコ金ベコタッチャのベコに負けんな」と囃す癖があったが、それにはこんな伝説がある。

 昔、相馬市細田に金兵衛という爺さんがいて、よく牛を連れて天明山に柴刈りに行っていた。
ある冬の寒い日、金兵衛がいつものように山麓へ出かけると、洞の中に寒さと飢えで弱っている小熊を見つけた。金兵衛は可愛そうに思って小熊を連れて帰り、牛の乳を飲ませたところ牛は小熊をよく可愛がり、幾年かを育てた。やがて熊は大きくなり、そのままどこかへ行方不明となった。

 そのころ八幡の雷神社の祭礼には闘牛をするのが習慣で、立谷に力自慢の大牛がいて連年優勝していた。その年の対戦は、この大牛と金兵衛の牛と決まり、巷の興味ある話題となっていた。
いよいよ祭礼の当日、金牛は金兵衛はじめ村の人々に連れられて雷神社へ行った。ところが、いくら待っても立谷の牛がやってこない。
立谷では入念に準備しておいたのに、朝になったら昨夜まで元気でいた牛の姿が見えず、あたり一面に大熊の足跡があり、大熊にさらわれたのだった。それで立谷の牛の不参加ということで金牛の不戦勝が決まり、山と積まれた宝を持って帰ったのだとう。

 その大熊は、先年金兵衛爺さんが助けた小熊であったのだという。

参考 『相馬市史』

  伝説というより昔話か。阿武隈山地に熊はいないと聞いたことがあるが、こういう伝説もあるし、昔はいたんだろうか。
 トップページ福島の伝説相双>各伝説    凡例