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■人食刀岩(エペタムシュマ)■

 昔、上川アイヌの酋長の家の神窓(ロルンプヤラ)のところに、の入った古い蒲の包みが吊り下げられていた。そして、代々家訓として、その包みは開けてはならないことになっていた。

 あるとき、この包みから強烈な妖光があふれ、それを見たものは目が眩んだ。さらに、毎晩その光は部落の方へ尾を引いて飛んでいき、家々を襲い、襲われた家の者は鋭い刃物で切られて死んでしまうという事態となった。

 驚いた酋長は、この包みを山奥へ持っていって投げたが、酋長が家へ戻ると捨てたはずの包みが元に戻っているのだった。そこで次に土に埋め、川に沈め、石狩川の一番深い淵へも沈めてみたが、いずれも結果は同じであった。
 
そうこうしているうちにも被害は広がり、酋長は困り果てていた。

 そんなある夜、酋長のもとに神様が現れ、「この難から逃れるには、ホトイパウシの下、アサムトーという底なし沼のほとりに巨岩があるから、そこで祭壇(ヌサ)をつくって祈ると良い。」と告げられた。

 さっそく酋長がその場所を探してみると、確かに切り立った巨岩が見つかった。そこでその巨岩に祭壇(ヌサ)をつくって祈りをあげたところ、その巨岩が炎をあげて2つに裂け、山の神の使者であるエコンノンノ(えぞいたち)が現れ、クルミをひとつくわえてきてアサムトーにそれを落とした。すると沼の水に急に小波が立ち、酋長は神がかった状態となった。
「このがコタンにあっては、アイヌが滅びてしまう。アイヌのためにこのを水神であるあなたに預けたい。もし願いを聞き入れてくれるのなら、今、風もないのに立っているこの波を消して誓ってください」
酋長はそう言うと、の包みを投げ入れた。すると、沼の小波が静まった。よく見ると、その小波だと思っていたのは、何百とも知れない無数の小さな蛇がうごめいていたのであった。

 その後、の包みが戻ってくることは無かったという。祭壇を作った岩は、エペタムシュマ(人食い刀の岩)として、今も残っている。

■第二話■

 昔、ある老人が2本のエペタム(人食い刀)を持っていた。
 このは少しでも物を食べさせないでいると、独りで抜け出して騒ぐので、いつもを入れた箱の中に石を6個ずつ入れていた。すると、夜になると「キリキリ、キリキリ」と音がして、1ヶ月くらいはそれを食っているのだという。

 しかし、その石がなくなると、はまた暴れ出す。このままではいつか自分も食われてしまうかもしれないと恐れた老人は、何でも投げ入れれば絶対に上がらないという底なし沼(アサムサックトー)に持っていって納めた。

 するとそれから間もなくして、沼のわきに2本の刀の形をした岩が水底から立ったのだという。

参考 『北海道伝説集〜アイヌ編』(更科源蔵)


 2話ともに、なかなか面白い伝説である。暴れて人を食う刀という発想も奇想天外だし、岩がパカっと割れてクルミをくわえたイタチが出てくる場面なんて、想像するだけでかわいらしい。また、「刀を何故持っていなければならなかったのか」という部分がすっかり無視されてしまっているのもアイヌの伝説らしい。そこには何か深い意味を含んでいるのだろうか。

 真相こそわからないものの、武力を持つことの危険性を示唆しているような気がしてならない。紛争を解決し、自らの利権を推し進めるために利用される武力は、いずれ自分達をも危険においやることになる。そんな解釈をすれば、大いに現代にも通じる教訓物語となるのではないだろうか。

 さて、このエペタムと底なし沼の物語であるが、アイヌにはよくある話のようで、ここ以外にも2、3ヶ所同じような伝説が伝わっている。その中でも、ここの話はエペタムシュマが現在も実際残っているということで、行ってみることにした。
 旭川鷹栖ICから走ること数分なのだが、近くへ行っても場所が全然わからなかったので、役所に電話して聞いてみると、すぐに教えてくれた。岩は思ったよりもズングリムックリで、とても刀の形をした岩には見えない。すぐ近くには「水神竜王神社」なるものがあったのだが、この底なし沼の水神を祀った神社なのだろうか・・・?


エペタムシュマ。

近くにある水神竜王神社。

★関連伝説地★
★アクセス★

特になし

旭川鷹栖ICからバイパスを南下し、近文大橋をわたってすぐの信号を右折。まもなく神社が見えるはず。岩はそこから見える。


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