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約千二百年の昔、悪路王を首領とする、赤頭、高丸ら蝦夷の一味がこの窟に要塞を構え、良民を苦しめ、女子供をさらうなどの悪行三昧で、国府もこれを抑えることができなかった。そこで、京の桓武天皇は、坂上田村麿を征夷大将軍に命じ、蝦夷征伐の勅を下された。対する悪路王らは達谷窟より三千余の賊徒を率い、駿河国清美関まで進んでいたのだが、大将軍が京を発するの知らせを聞くと、その武威を恐れ窟に引き返し守りを固めた。 |
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◆またたびの独り言◆ 達谷窟に居を構えた悪路王。蝦夷の首領なのだが、中央では恐ろしい「鬼」として捕らえられていたようである。しかし、江戸時代の北海道での「シャクシャインの反乱」などを考えてみると、実は被害者は悪路王たちの方だったのかもしれない。中央政府の圧迫に耐えかねた蝦夷の英雄として、立ち上がり、奮戦した悪路王たち。毘沙門堂は、そんな彼らを成仏させる意味もあったのだろう。なお、悪路王は、蝦夷の首領アテルイのことではないかと推測されている。 |
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![]() 雪の達谷窟。 |
![]() 磨岩仏の顔。 |
![]() アフロ犬? |
![]() 関係ないが雪の厳美渓。 |
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