●杉薬師縁起
杉薬師は、約1200年の昔、孝謙天皇の勅願で創建されたと言う。
孝謙天皇がご病気になられたとき、名医の手当ても薬も全く効き目がないので、陰陽師に占わせてみたところ、奥州に杉の大木があり、高さは雲をもしのぎ枝は八方に広がってその下は夜のように暗く、その木の精が紫辰殿をおかしているためにご病気になられたのだという。
天皇は早速、大納言明公に命じて奥州に赴かせこの杉を切らせようとした。 やがて杉は見つかり、木こりが斧を打ち込んでみると、不思議にも真っ赤な血が流れ出た。さらに驚いたことに、その切り口が一夜にして元通りに戻っている。
あまりの不思議に朝廷に報告して再び占ってもらうと、「杉の東北の広野(現在の伊豆野原)に生えているちがやをもって縄を作り切り口につめよ」という返事が来た。その通りにすると、何事もなく杉を切り倒すことができ、天皇のご病気も目に見えてよくなられたという。
天皇は大変感激され、切った跡にお堂を建てさせたのが、勅願霊場杉薬師のはじめなのだという。
●薬師のツブ
薬師山のそばに七つの池があって、清水が涌いていた。池には、ツブがたくさん棲んでいた。
その昔、薬師山が火事になり、御堂は次々に焼け、本堂の薬師如来さえもが危ぶまれた。里人はどうすることもできず、ただただ見守るだけであったが、そのとき、一団の黒い塊が薬師の丘を目がけて沢から這い上がっていった。それは、池にいたツブであった。
七つの池から黒い塊となって、ツブの大群が這い上がり、火の中をくぐって次から次へと重なり合って如来を火から守ったのである。
やがて里人はまっ黒に焼けたたくさんのツブを見て涙を流して驚いた。これに感じて以来、栗原地方の人々はツブを食べなくなったのだという。
そしてこれを「薬師のツブ」といって、眼病になると年の数だけツブを「みたらしの池」に入れて平癒を祈り、あるいは池の清水で目を洗い、ときには池の清水をわけていただいてきては眼病の薬としたという。
参考 『築館町史』