それは昔々の大昔のことだった。秋の日が山の端に沈む頃、どこからか見たこともないような大男がやってきた。見上げるようなその男は腰に刀をさげ、頭もひげもぽうぽう、真黒い顔をした、きたない乞食武士だった。戦に敗れた落人でもあろうか。
やがてその男は、坂戸の山に住むようになり、幾年か過ぎた。土地の人達はその男を坂戸太郎と呼ぶようになった。
春が訪れ、夏も過ぎ、秋のとり入れが済むと、やがて栗駒おろしの風も肌を刺すように寒い冬がやってきた。
坂戸太郎は、この冬の雪の中でどのようにして生きていたのだろうか。
ある日のこと、冷たい空気をふるわして鐘の音が聞えてきた。それは黒の衣をまとい深い笠をかぶった托鉢の和尚だった。一軒一軒托鉢をして歩く和尚さんの姿が部落から遠ざかる頃にはもう夕暮がただよい始めていた。
その晩はとても風の強い暗い晩だった。夜も大分ふけた頃、ただならぬ叫び声に松原の人たちは夢を破られた。
翌朝、村境の「こえぽ」と呼んでいる所に行って見ると、昨日の和尚さんが一刀のもとに切られて死んでおり、そのあたりにはとても大きな足跡がいくつもいくつもあった。
坂戸太郎がお金やお米ほしさに殺したのではないかと人々はうわさしあい、坂戸太郎の姿もその晩から消えてしまった。
ところが和尚さんが殺された「こえぼ」に夜な夜な亡霊が出るというのである。昨日まで人のため、み仏のためと一軒一軒托鉢して歩いた和尚さんが一夜にしてこんな姿になったので成仏できなかったのだろう。
そこで、和尚さんの霊を慰めるためお地蔵様を祀ってお祈りしたのだそうである。
その後、地蔵様はおこり(マラリヤ)おとしの霊験があるとして、体中を縄でまかれていたそうであるが、今ではその跡もなく一人ぽつんと立っている。
参考 『迫町史』