高福寺は大同年間、田村麻呂東征の際に祈願所として建立されたと伝えられるが、観音堂についてはこんな話がある。 田村麻呂東征のとき、この地方に大納言という鬼神がいて人民を悩ませていた。将軍はこれを聞き、早速駆け下って新城館に陣し、この鬼神を退治した。 戦闘後、田村麻呂は敵味方の戦死者の霊を弔うため、ここに観音堂を建て、鬼神名をとって大納言法印なる者をここに置いて祀らせたのだという。 一説に、大納言が祀っていたものを田村麻呂が祀ったともいう。 参考 『河南町史』