昔、新月の名木沢に門兵衛という鉄砲の名人がいて、ミソサザイの眼さえ打ち抜くというほどの腕を持っていた。
そのころ八瀬に小豆沢という沢があり、土橋の下で毎晩灯りをともして縫いものをする怪しい老婆がいて、ザクッザクッという小豆を洗うような音を立てているのだった。
その老婆が魔性のものであるというウワサを聞いた門兵衛は、これを退治しようと愛用の鉄砲を持って出かけ、この老婆を狙って撃ったが、手ごたえはなかった。
翌晩、また小豆沢へ行ってみると、また老婆が縫いものをしていた。不思議に思った門兵衛は村へ帰り、土地の古老にこのことを語ると、「それは間違いなく魔性のものである。灯りを狙って撃ってみろ」と教えられた。
喜んだ門兵衛は3日目の晩、今度は灯りを狙って撃ってみると手ごたえがあり、異様な叫び声とともにバッタリ倒れる音がした。翌朝行ってみると、三尺余りもある青い色の大蝦蟇であったという。
★ ★ ★
門兵衛の名は近隣に広まり、これが殿様の耳にも入って、御前でその腕前を披露することとなった。殿様の御前ということで麻の裃を着けて撃つことになったが、3度撃って全て失敗した。
そこで門兵衛は恐る恐る殿様に、「いつもの仕事着でやらせてください」とお願いして、筒袖の短い仕事着に股引きという薄汚い格好で現れ、得意の腰だめで3度とも見事命中させたという。
★ ★ ★
名木沢の奥、君が鼻山の山頂南に「すずわら」と呼ばれる断崖があるが、そこには魔性のものが出るというので、誰一人近寄らなかった。また、村には昔から青い蝦蟇の皮で作ったオキ(猟師が使う笛)を吹くと魔性が現れるという言い伝えがあった。
門兵衛はある日、すずわらへ行って、オキを吹いてみた。すると深い森の中から大蛇が現れ、大きな鎌首をもたげて迫ってきたので、得たとばかりに門兵衛が撃つと、見事眼に命中した。大蛇はものすごい音を立て木から落ちたが、同時に雷鳴と豪雨がおこり、一寸先も見えぬ暗闇となった。
驚いた門兵衛は命からがら上八瀬に駆け下りて友人の家に隠れたが、追ってきた大蛇はその家の前で川の水を堰き止め、家もろとも押し流そうとした。
これでは友人の家が流されてしまうと感じた門兵衛は、危険を顧みず家から飛び出し、鉄砲を構えた。そのとき大蛇は水勢を支えきれなくなり、とうとうそのまま押し流されて、海へと流れていったのだった。
門兵衛はその後まもなく帰らぬ身となったが、大蛇の祟りか、その子孫は皆眼をわずらったという。
参考 『けせんぬま口碑伝説散歩』(小山秋夫、S54)