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伏せ石 
 

 市川の旧塩釜街道の路傍に1基の供養碑が倒れており、弘安10年の紀年がある。

 昔、この石を起こして立てたところ病疫が流行した。占ってみると石を起こしたためであるというので、再びもとのように伏せたという。

参考 『多賀城市史』

   
   多賀城跡の裏を通って塩釜神社の西へ通じる道が旧塩釜街道である。塩釜へ向かって右側に看板とともに伏せ石は残っていて、コンクリート塀にうもれるように現在もねそべっている。近づいて見てみると、確かに弘安10年の供養碑。それにしても、相当でかい供養碑だ。
 

道端に倒れている伏せ石。
   
  mapion
多賀城市市川。 県道泉塩釜線から多賀城跡の裏道へ入りすぐ、道路沿い右側にある。
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