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割れ石
 

 新田の七北田川堤防下に割石という供養碑があり、元応元年の紀年のある碑が2つに割れたのち、貞享2年に追刻したものである。

 昔、冠川(七北田川)の堤防を築くとき、この地を通りかかった女を捕らえて人柱にした。その後毎夜そこに女の幽霊が現われ泣き声を立てるので人々は恐れて近寄らなかった。

 事を聞いた侍がそれを待ち構え斬りつけると、手ごたえがあって幽霊は消えた。翌朝行って見ると石が2つに割れており、それ以来幽霊の泣き声は絶えたという。

『多賀城市史』

   
   人柱伝説と袈裟掛け伝説が合わさった形の伝説。石は堤防に現在もパックリと割れた状態で残っていて、紀年もはっきりと読み取ることができる。
  ・・・それにしてもこの石は見つけるのに苦労した。あきらめきれずに3度探しに来て、ようやく発見。個人的に思い入れのある石である。
 

割れ石の佇む図。左の2つが割れ石である。

割れ石。割れた後、どちらにも追刻されている。
   
  mapion
多賀城市新田。新田の堤防沿いを走る道に、「新田遺跡」という案内柱が立っている。そこから堤防に登ったあたりに、割れ石がある。堤防下というより、堤防の上。
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