新田の七北田川堤防下に割石という供養碑があり、元応元年の紀年のある碑が2つに割れたのち、貞享2年に追刻したものである。
昔、冠川(七北田川)の堤防を築くとき、この地を通りかかった女を捕らえて人柱にした。その後毎夜そこに女の幽霊が現われ泣き声を立てるので人々は恐れて近寄らなかった。
事を聞いた侍がそれを待ち構え斬りつけると、手ごたえがあって幽霊は消えた。翌朝行って見ると石が2つに割れており、それ以来幽霊の泣き声は絶えたという。
『多賀城市史』