南宮の慈雲寺に「縛地蔵」と呼ばれる地蔵があり、子供の夜泣きを直してくれる地蔵で願うときは藁で地蔵を縛り、礼参りに藁を解き赤い頭巾や腹掛けを供える。
この地蔵はかつて西方の一里塚の近くにあったが、そのころ天候が悪い年があり、ある百姓が今年も不作になるだろうと嘆いていると、それを聞いた地蔵が
泣くな騒ぐな秋まで待てよ、百に三升の米食せる
と歌を詠んだ。やがて天候が回復してその年は豊作になったという。
参考 『多賀城市史』