天文の頃、最上氏の家臣に今野文五郎という者がいた。文五郎は故あって一家離散になり、妻をつれて宮城の国分を目指していたが、道に迷って深い山に入ってしまった。
日が暮れたのでしかたなくそこら辺りで横になって眠ったのだが、夜中になって目が覚めると妻がいない。驚いて探し回ったが見つからず、夜が白み始めた。
文五郎は山中をさまよい、とある洞中に入ると、なんと妻が血にまみれて死んでいる。それを見た文五郎は、仇を討とうと「賊どもめ、すぐに出てこい」と叫んだが何の応答も無い。
しばらくすると洞中が震動し始め、一匹の怪物が飛んできて文五郎を飲み込もうとした。怪物は赤面で両目が輝きあたかも猿鬼のようであった。文五郎は震え上がり、今まさに怪物の餌食になろうとする瞬間、忽然として一匹の熊があらわれ、一撃の下に怪物を殺した。
文五郎は常に紀州熊野権現を信仰し、お守りを肌身はなさず持っていたので、その霊験であろうということだった。
里人はその神徳を仰ぎ、祠をたて信仰したのが今の往生寺の熊野神社であるという。
参考 『色麻町史』