陸奥の豪族藤原秀郷の馬屋に、虎吉という男が仕えていた。
虎吉は働き者で、秀郷にかわいがられていたのだが、あるときふとしたことからカッパの正体がわかられてしまったので、虎吉は暇をもらって主家を出ることにした。そのとき、主人も別れを惜しみ、持仏の十一面観音を与えた。
虎吉は住み慣れた平泉を後にして、諸所を歩き継ぎ、真山の田子谷の沼のほとりにたどり着いた。
虎吉カッパはここが気に入ったらしく、ついに腰をすえて永住の地と定めた。
やがて虎吉には大勢の子ガッパが生まれた。月夜になると沼の土手に上がって、相撲をとったり綱引きをしたりして遊んでいる風景が、よくみかけられたという。
田子谷カッパ明神は水の神様ばかりではなく、縁結びの神として参詣する人が多かったといわれている。
参考 『岩出山町史』