■隆直の変化
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再建以前の来迎寺は、本堂も庫樫も南面し、今の裏門は表門であった。道路から境内に入る左側に、高さ1.2メ
ートル巾0.7メートル位の自然石が建っていた。万霊塔と筆太に彫られた右側に「万延元年」の年号が見られるから、今から約百十年程前のものである。 照井太郎隆直は、西大崎丸山にある照井城の主。平泉の英君藤原秀衡の家臣であった。 太郎隆直が捕えられて首をはねられると、隆直の冠っていた鳥帽子が飛んで、遠く来迎寺の前にある田の中に入った。 ところがいつの頃からか、来迎寺の門前に夜な夜な変化が現われて、道行く人を悩ますことがしぱしぱであった。 隆直を弔った碑といわれるのは、実は万霊塔であって、今は山門から入って左側に移され、長く保存されようとしている。 参考 『岩出山町史』 |
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| 類型的なお話。しかも、山崎弥五郎なる人物、古川市氷室の来迎柱を斬ったという、同型の伝説が伝わっている。なおかつ「来迎柱」と「来迎寺」って、「来迎」つながりではないか。明らかに関連がありそうだ。 なお、件の万霊塔は、町史に写真が載っていたので、すぐに発見することができた。 |
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![]() 万霊塔。 |
![]() 整備された寺の周辺。 |
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【Google Maps】大崎市岩出山字浦小路。この地図ではわかりずらいかもしれないが、とにかく駅から数分のところである。 |
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