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藤助淵   
 

 ある時、藤助という者がこの淵で釣りをしていると、水底から「藤助…藤助…」と呼ぶ声がする。藤助が「何か用か」と答えると、再び淵の底から「おれはこの淵に長年住んでいる鰻だが、明日の晩、賢淵の蜘蛛が攻めてくるから、その時、決して声をたてないでくれ。声をたてられると、おれが負けてしまう。」といった。

 あくる晩、果たして激しい合戦が始まったが、余りの恐ろしさに、藤助はたまげて「あっ」と叫んでしまった。そのため、鰻が負けてしまい、その首がものすごい形相で向こう岸から藤助を睨んだので、藤助は気が違って死んでしまったという。

参考 『仙台市史』

   
   広瀬川に牛越橋という橋が架かっており、その阿元が藤助淵のはずなのだが、すっかり整備されていて、はっきりいって淵の痕跡はほとんどない。子供達が寒空の下、元気に遊んでいた。ちなみにここらの川原は、南東北の秋の風物詩「芋煮」のメッカで、焚火の跡がそこらじゅうにあった。

 藤助淵の伝説は、類型的な話で、同じ広瀬川の下流にある源兵衛淵の伝説とほぼ同じである。しかし、この類の話は、「夜中に依頼人が訪ねてくる」という形が多いような気がするのだが、ここでは釣りをしていて依頼の声が聞こえてきている。なんとなくすぐ上流にある賢淵の伝説との関係が見られなくもない。下流の源兵衛淵の伝説と上流の賢淵の伝説が交じり合ってできた伝説・・・というのは言いすぎだろうが、きっと互いに影響があったのだろう。
 

牛越橋。
   
  mapion
青葉区八幡5丁目。市史の記述通りにいけば、牛越橋の下あたりである。
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